私が知る別の幹部は、行動を起こそうという部下の欲求を中和してしまう、ほとんど呪術的な能力を備えていた。スターウォーズのジェダイの騎士のように手を動かして、「変えなければと気に病むことなど何もないよ」と言っているかのようだった。あれこれ文句を言っていた部下たちは、彼が現れてしばらく経つと、自分たちは何にそれほど不満を持っていたのかと首をかしげるようになる。これはたしかに便利な得意技だが、その結果、チームメンバー全員のキャリアが狭められることになった。チームの誰もが「並」であると認識され、組織再編の過程で全員が辞めさせられたのだ。

 このような、いい人だが存在意義のないマネジャーは、数十年にもわたり野放しにされたまま生き延びることができる。四六時中怒鳴っている支配的な上司は少なくとも、その存在が知れ渡る。部下ははっきりと苦痛を感じて不平を言う。これに対し、「中和剤」の効果を及ぼす優しい上司がもたらす苦痛は慢性的であり、ゆっくりと、少しずつ与えられる。従業員は毎日、「まあ、それほど悪くはないな」と言うだろう。上司は結局のところ、いい人なのだから。だがその苦痛は積み重なれば、キャリアに甚大な影響が及ぶおそれがある。

 これは、ありふれているのに気づかれない問題だ。リーダーシップの専門家たちは過剰管理の問題を強調する一方で、過小管理については十分な注意を喚起してこなかったため(私も同罪だ)、この問題は意図せず隠されてきたのだ。リーダーシップに関する過去25年の論考の大多数は、この過ちを犯してきた。過小管理の問題を抱えるマネジャーが、この手の論文や本を読んだりトレーニングに参加したりすればどうなるだろうか。不干渉、非管理型のアプローチを続けるよう促すことになるかもしれない。このようなマネジャーは、「ええ、私は部下を抑圧し管理するのは好きではありません」と言うかもしれない。権限委譲や支援について語るかもしれない。しかしその間に、部下のキャリア展望がゆっくりと下り坂を辿ってしまうのだ。

 クリスの場合には、問題点が明らかになったことで解決につながった。現状がいかに有害であるかがわかると、彼は行動を起こした。メンターに会い、人脈を訪ね、数週間のうちに別の部署への異動を勝ち取って「いい人」の上司から離れた。1年後に別の、より優良な会社に転職したクリスは素晴らし地位に就き、将来の見通しははるかによくなった。問題に対する認識を高めるだけで、改善につながることがある。結局、私たちは自分が見えていない問題は解決できないのだから。

※プライバシー保護のため詳細は変えている。


HBR.ORG原文:Your Nice Boss May Be Killing Your Career September 4, 2013

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グレッグ・マキューン(Greg McKeown)
シリコンバレーでリーダーシップと戦略のアドバイスを行うTHIS Inc.のCEO。2012年には世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダー」に選出された。著書にはEssentialism: The Disciplined Pursuit of LessおよびMultipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarterがあり、ともにベストセラー。