イノベーションなくして発展はない――そのような危機感を募らせている企業は多い。イノベーションの源泉である個人の創造性を引き出し、組織内で創造性を高めていくには、どのようなマネジメントが有効なのだろうか。「世界で最もイノベーティブな会社」に選ばれたグローバルなデザインコンサルティング会社、IDEOのパートナー、トム・ケリー氏に聞いた(全2回)。

 

「創造力に対する自信」を身につけるには

――新著『クリエイティブ・マインドセット』の中で、人間はそもそもクリエイティブであり、「創造力に対する自信」(クリエイティブ・コンフィデンス)を獲得すれば、誰もが創造性を発揮できると述べています。IDEOは全員、自信を持っているのでしょうか?

 ええ、おそらく。実は本の執筆にあたり、IDEOの社員100人以上にインタビューをしたのですが、1人だけ「入社したときはまだ、創造力に対する自信を持っていなかった」と答えた人がいました。彼女(ジル・レヴィンソンという社員です)は広告代理店から転職してきたのですが、以前はクリエイティブ関係の部署にいたわけではなかったのです。しかし、そんな彼女もいまや、創造力に対する自信はあると明言します。

――あとから自信はつくものですか? どうやって獲得するのでしょう。

 とっておきの秘策があるわけではありませんが、ジルの例を紹介しましょう。

 ジルは、「創造力に対する自信がある人というのは、『クリエイティブ』と呼ばれる輪の中にいる一部の特別な人たちだけだ」と考えていて、だからこそ「自分はクリエイティブではない」と考えていたのです。そんなジルにIDEOが自信をつけさせた……と言いたいところですが、実はそうではありません。

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ジルのピンタレストのフォロワーを爆発的に増やした「ピニャータ・クッキー」の投稿。(写真:鈴木愛子)

 彼女は「ピンタレスト」(ファッションやレシピ、DIYのアイデアなどのコンテンツを視覚的に収集・共有するSNS)に投稿するのが趣味で、「ピン」と呼ばれる写真をいろいろとアップしていました。当初のフォロワーは女友達6人でしたが、彼女の「ピン」が評判を呼び、瞬く間に100人、1000人と増え、ある日を境に爆発的に伸びたのです。それは「ピニャータ・クッキー」というアイデアを公開したときでした(ピニャータとは、中にお菓子や玩具が入っているくす玉人形のこと)。3層構造のクッキーの真ん中の層に小さなチョコレートが詰まっており、割れるとピニャータのように飛び出すものでした。

 この「ピン」でフォロワーは一気に10万人を超え、その人気急騰ぶりに注目したピンタレストがジルのインタビューを自社サイトに掲載すると、なんとフォロワーは100万人を超えたのです。

 ここに至って、我々が呼ぶところの「転換」(flipping)現象がジルに起きました。つまり、「私はクリエイティブでない」というマインドセットから、「私はクリエイティブだ」というマインドセットに切り替わったのです。

 ジルは、自分でオリジナルレシピを考案する料理研究家ではないという点で、ゼロから何かを生み出す「旧来の意味での創造性」ではありません。だから自身をクリエイティブだとは思っていなかったのです。しかし、100万人を超えるフォロワーがつき、自分がコレクター、あるいはキュレーターという「新しい意味での創造性」を発揮していることに気づいたのです。彼女は「クリエイティブな人たちの輪」を押し広げ、その中に入った。

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創造性の範囲は時代によって変わる。(写真:鈴木愛子)

 すると、彼女の行動が変わり始めました。IDEOでの仕事を楽しむようになり、大きな仕事や難しい仕事にも挑戦するようになりました。そして、今ではとてもタフでクリエイティブなプロジェクトを率いています。

 創造力に対する自信とは、「自分には周囲の世界を変える力がある」という信念を指しています。自分の創造力を信じることこそ、イノベーションの核心を成すものです。これは若い人に限りません。私の妻(日本人です)の叔父は80歳になりますが、自ら合唱団を設立するなど活動的で、創造性に対する自信に溢れていますよ。