機能や性能を向上させるだけでは、製品価値は向上しない。機能や性能以外で製品の価値を高めることの出来る「デザイン」を、家電メーカーはいかに製品価値へと結びつけるか。自動車業界と家電業界の比較や、インハウス・デザイナーの持つ力から、その方法を探っていく。

製品価値の重要な要素であるデザイン

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長内 厚 おさない・あつし 早稲田大学ビジネススクール(商学学術院)准教授。京都大学大学院経済学研究科修了・博士(経済学)。主な研究領域はイノベーション・製品開発マネジメント、経営戦略論。97年ソニー株式会社入社。2007年ソニー退社。同年より神戸大学経済経営研究所准教授、ソニー株式会社アドバイザー(非常勤)などを経て、2011年より現職。主な著書に『アフターマーケット戦略』(榊原清則と共著)白桃書房 『台湾エレクトロニクス産業のものづくり』(神吉直人と共編著)。研究室HP

前回、機能・性能を進化させる以外にも、製品価値の向上に繋がることを指摘したが、これには二つの意味が含まれている。ひとつは、技術以外にも製品価値を向上させる価値の軸を作ること。もう一つは、技術を機能・性能向上という価値の軸上での進化以外に用いることである。今回は、具体的な例としてデザインが持つ製品価値を例に挙げて説明しよう。

 デザイン家電という言葉をよく見かけるようになった。様々な家電製品がデジタル化し、基本性能が飛躍的に向上した結果、顧客の認知レベルを超えた機能・性能競争に陥り、それがコモディティ化を招いた。デザインは製品の機能・性能とは異なる軸の価値である。一橋大学の楠木建教授は、同一価値次元の競争から異なる価値次元に競争の軸をずらすことでコモディティ化を回避する可能性を示している。

 また、同じく一橋大学の延岡健太郎教授は、製品の機能や性能といった製品間の善し悪しの比較が容易で、定量化や定義化がしやすい価値の軸を機能的価値と定義した。その上で、デザインや、顧客の感性や情緒に訴えかける定性的な価値を意味的価値と呼び、価値の次元を意味的価値にずらすことで、不毛な機能的価値向上競争から脱却できる可能性を示唆している。デザイン家電がにわかに脚光を浴びているのは、こうした新たな価値次元による競争が模索されているからであろう。

 しかし、デザインを製品価値の主軸に据えた戦略はそれほど新しいものではない。例えば、自動車産業では古くからデザインは製品差別化の重要な要素であった。問題の早期解決を特徴とし、リーン(スリムで筋肉質な=ムダのない)生産方式とも呼ばれるトヨタの自動車開発においても、デザイン決定のプロセスでは、意思決定を意図的に遅らせることで複数のデザイン・コンセプトを長期間検討し続けている。これはMITのワード、ライカ-らの「セカンド・トヨタ・パラドックス」という論文で指摘されている(注)。それだけデザインは製品価値の重要な要素であると同時に、デザインが定性的で感性的な価値であるからこそ、容易に確定できない難しい意思決定であると示している。