現代版「ナッシュ均衡」をどうやって発掘するのか

入山 オックスフォード大学のような大学であれば、それができる可能性がある。現時点で、それを唯一できているのがハーバード大学だよね。クレイトン・クリステンセンもそう。学術業績は高くないけど、「ハーバード大学のクリステンセン」になっているから。オックスフォード大学やハーバード大学のレベルではできると思う。

「論文を出さない人は、『論文を出すことがすべてではない。アメリカの論文至上主義は間違っている』と言う。でも『それは、お前が論文書いてないからじゃないの?』という疑問につながりやすいし、現実に海外に行ったらそう見られる」

 一方で、そこまで知名度はない大学、それこそ僕のいたピッツバーク大学なんかではそれが言い訳になって、モラルハザードになる可能性が高いでしょう。僕もそうだけど、ポジション・トークになっちゃうから。

 日本の大学もそういうところがあるかもしれない。論文を出さない人は、「論文を出すことがすべてではない。アメリカの論文至上主義は間違っている」と言う。でも「それは、お前が論文書いてないからじゃないの?」という疑問につながりやすいし、現実に海外に行ったらそう見られる。

琴坂 たしかにその議論はあると思います。実際、自分もそう言われないように一所懸命、論文を書いています(笑)。

入山 アメリカのすごいところは、とにかく論文だ、とルールを決めてしまうこと。それは、ハーバード大学ではそれ以外の方法でも価値を示せるけど、ほかの大多数の大学ではできないからだろうね。

琴坂 私も学術論文はちゃんと書くべきだと思っていて、それがコアであるべきだと思います。ただ、それが行き過ぎてはいけないんだろうなと。自然科学もそうだと思いますが、何が重要になるかはその時点でわからない。たとえば、とてもマイナーな産業の研究をする人もいます。でも、それはだれも査読しないし、だれも注目しない。

入山 難しいことだよね。ナッシュ均衡なんて当時は一般には見向きもされなかったのに、何十年も経ってから注目されたわけだし。たしかに、それを見逃しているリスクはあると思う。可能性を見逃しているリスクと、「見逃してはいけない」ということを盾に、実は研究者のモラルハザードになっているというリスクの両方がある。

琴坂 重要なのは、ゲームのルールのなかで質の高いものを一緒につくり上げながら、そのルールが取りこぼしているものの存在も意識しながらやっていくことだと思うんです。経営学の研究者は、現実世界というよくわからないものに対して、ディシプリンを決めて、方法論を決めて、みんなで同じ言語を使うことで、集合知としての高みに登るというゲームをしている。この意識をしっかり持つべきかなと。

入山 なるほどね。僕はあんまりそういうことを考えていないかも(笑)。適当なんだよなぁ。 僕の場合は「おもしろければいいや」という理由で経営学に入ってきた人間だから。もともと経済学にいて、その前は「政治学でもいいや」とすら思っていた人間が、いまは経営学にいる。なぜ経営学を研究するかというと、単純におもしろいからかな。本音では、経営学という学問自体はどうなってもいいと思っているし(笑)。

琴坂 まぁ実際、経営学という学問がどうなるかなんてことは小さな悩みですよね。だけど「おもしろい」っていう純粋な理由でも、集団として高みに到達したいという言い方でも、そこには真理に近づきたいという想いがあって、同じことを言っていると思います。

入山 たしかに、それが学問の真髄だしね。

最終回の更新は9月5日(金)を予定。

 

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