既存製品に対する不満は、起業の大いなる動機となる。ただし、ここで注意すべきは、「既存製品の性能不足」を補うのか、それとも「製品の不在」を解決するのか、ということだ。前者であれば、多難な前途が待ち受けているかもしれない。


「自分の痒いところをかけ」――これは起業家精神にまつわる最も重要な格言の1つである(Scratch your own itch:自分が解決したい問題に取り組め/自分が必要とするものをつくれ)。この教訓は、偉大な製品を生んだアップルやドロップボックスなどの成功企業、そしてキックスターターを見れば理解できる。しかし、これが起業家を失敗へと導く場合もあるのだ。

 この格言に従って起業に取り組めば、市場をより深く知ることになる。自分自身が潜在的ユーザーとして、何が問題なのか、それをどう解決すべきなのか、どの程度の性能が必要なのかを把握する。この知識を基に新製品をつくれば、市場リスクの多くを回避できるというわけだ。ただし、あなたが高性能を求める消費者で、かつ既存製品の性能が十分ではないことを問題にしている場合――つまり「痒み」が性能の不足に根差しているのであれば――それを自分で解決することは失敗へとつながるだろう。

 製品性能の高さを売りにして起業することは、強力な既存企業――情報とリソース、そしてあなたのビジネスを潰す動機を持つプレーヤーたち――とまともに競争することを意味する。クレイトン・クリステンセンはディスク・ドライブ業界の調査に基づき、初めてこの現象を報告した。それによれば、市場の既存顧客をターゲットにした新興企業の成功率は6%にすぎなかったが、「非消費者」(消費が何らかの障害によって妨げられている人々)をターゲットにした新興企業の成功率は37%だった。技術力で先んじることができても、既存企業の最重要顧客を奪うのは不可能に近いのだ。

「痒いところ」の発生源として、まったく異なる2つが考えられる。1つは必要な性能を欠いた既存製品、もう1つは問題を解決するための製品自体の欠如だ。前者の場合は、すでに製品は購入されており、より優れた性能が明確なかたちで提供されれば、顧客はより多くを支払う。後者の場合は、製品がまったく存在しないか、非常に高価で一般に普及していない製品のためアクセスできない。したがって拙いソリューションでしのぐか、または何もせずに甘んじるほかない。両者の違いを例えれば、一方はセールスフォース・ドットコムのCRMシステムで新しい機能を必要としている状況、他方はそもそも同社のシステムを導入する費用がないため、何時間もかけてエクセル内で情報を追跡しているという状況だ。

 ここで、ドロップボックスとオキュラスVRの2社を例に取り上げたい。両社とも、性能不足の解決を目指し誕生したように思われる。