ドロップボックスは、重要書類のバックアップや共有が面倒であることに触発された。そしてUSBスティックを持ち運ぶよりも使いやすく、オンラインのバックアップ・サービスを提供するカーボナイトのような有料サービスよりも廉価なシステムを開発した。ただし、より優れたパフォーマンスを提供するためだけに起業したわけではなかった。ドロップボックスがターゲットとした顧客は、既存のソリューションを利用していないまったく新しい顧客層であり、同時にそのビジネスモデルは既存企業の最重要顧客をも奪えるものだった。業界の雄カーボナイトは、自社が対抗策として無料サービスを提供すれば、最重要顧客から上がる利益が減ることを察知した。つまりドロップボックスのビジネスモデルは、既存企業との直接対決を成り立たなくさせるものだったのだ。

 オキュラスは、バーチャルリアリティのプラットフォームになる機器としてゲーム専用のヘッドセットを開発し、その後フェイスブックに23億ドルで買収された。同社はバーチャルリアリティのあらゆるアプリケーションに対応できるプラットフォームとなるべく創業したが、当初は本格的なゲーマーだけを念頭に置いていた。ドロップボックスとは異なり、オキュラスの初期の顧客は、既存のゲーム・プラットフォームの最重要顧客と重なるはずだったのだ。したがって、フェイスブックに買収されていなければ、Xboxやプレイステーションのような既存ゲーム機メーカーは、自社の最重要顧客をつなぎとめるため、ひいてはさらなる利益のために、オキュラスの技術を模倣する動機を強くしていただろう。

 オキュラスは言うまでもなく大成功を収めた。ただしそれはひとえに、既存のゲーマー向けに開発された技術が、メッセージのやり取りやソーシャルネットワーキングを目的とする非ゲーマーにも気に入られるとフェイスブックが考えたからだ。フェイスブックはオキュラスを買収し、ターゲット顧客をハイエンドの消費者から非消費者へとシフトしたことで、欠陥のある戦略からオキュラスを救ったといえる。

 オキュラスの創業者は、自身の痒いところをかくために新しいゲーム・プラットフォームを開発して起業を果たしたが、そのターゲット顧客は、既存企業からすでにサービスを受けている熱心なゲーマーだった。ドロップボックスの創業者は、既存企業からサービスを受けていない新しい顧客層をターゲットとした製品を生み出すことで、自身の痒いところをかいた。両者の違いは、競争上のポジショニングを考えるうえできわめて重要だ。

 自分の問題を解決すべく起業する前に、その問題が性能の不足なのか、あるいは製品の不在なのかを見極める必要がある。まずは次の問いを自問してみよう。

●この問題を、自分は現在どのように解決しているのか?

●この問題を解決するための、他の製品は存在するか?
・それらの製品は必要十分な性能を提供しているか? それともまだ性能が不十分か?
・それらの製品は高価すぎるか?汎用品ではなく、特殊な専門技術を要するか?

●この製品の発売は、既存企業の従来の顧客にとって利益となるだろうか?

 あなたの製品が最終的に、競合他社の最重要顧客を利すると思われるなら、それを避けねばならない。フェイスブックがあなたを救済するために、いつでも待機しているわけではないのだから。


HBR.ORG原文:When "Scratch Your Own Itch" Is Dangerous Advice for Entrepreneurs May 19, 2014

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N・テイラー・トンプソン(N. Taylor Thompson)
ハーバード・ビジネススクールの研究機関、フォーラム・フォー・グロース・アンド・イノベーションの研究員。