ブランド論の大家、デービッド A. アーカーが「ワールド・マーケティング・サミット 2014」のために来日した。最新刊『ブランド論』の発売を記念して、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集部が単独インタビューを実施。ビジネスを取り巻く環境はもちろん、製品・サービスに対する消費者の志向にも急激な変化が生じるいま、どのようなブランド戦略が求められるのか。全2回。(構成/加藤年男)

消費者の「スイート・スポット」をつかむ

――まず、ここ10年の変化についてお伺いします。インターネットが普及してブランド・マネジメントにも変化が起きているようです。消費者みずからがブランドを語り出すようになり、企業が自社のブランド・イメージを管理しきれなくなっていると思うのですが、いかがでしょうか。

デービッド A. アーカー
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授(マーケティング戦略論)。ブランドのコンサルティング会社プロフェット社副会長。
ブランド論の第一人者として知られ、マーケティング・サイエンスの発展に著しく寄与したことに対して「ポール D.コンバース(Paul D.Converse)」賞を、またマーケティング戦略への業績に対して「ヴィジェイ・マハジャン(Vijay Mahajan)」賞を受賞。主な著書に『ブランド論』『ブランド・エクイティ戦略』『ブランド優位の戦略』『ブランド・リーダーシップ』『ブランド・ポートフォリオ戦略』『シナジー・マーケティング』(以上、ダイヤモンド社)などがある。

デービッド A. アーカー(以下略) インターネットやソーシャル・メディアがいろいろな場面で使われるようになった時代には、マーケティングやブランド・マネジメントも、それに対応して変えていかなければなりません。

 必要なことは2つあります。1つは、企業のマーケティング部門が、そうした時代の変化にきちんと対応する能力をもっていなければいけないということ。もう1つは、企業も積極的にウェブ・メディア、ソーシャル・メディアに参加していく必要があるということです。いま消費者がどういったことに興味を持っているのかを把握し、消費者の行動にきちんとリンクしたマーケティング・プログラムを組まなければなりません。

 それは、消費者に対してただ単に「当社の商品にはこうしたメリットがあるので買ってください」という旧来のやり方とは対極にあるものです。パンパースという会社がいい例でしょう。パンパースのウェブ・サイトを見ると、自社のオムツの情報よりも、赤ん坊のケアの方法など、育児全般の情報を中心に発信しています。また化粧品会社のエイボンも、ウェブでは自社の化粧品よりも乳がん撲滅運動を積極的に展開しています。

 このように、ウェブを活用したやり方で、ブランドを管理しなければならない時代に入っているということです。

――カテゴリー競争ということでは共通するのかもしれませんが、たとえばエイボンが乳がん撲滅を打ち出し、それがムーブメントになったとしても、必ずしも消費者がエイボンの化粧品を買ってくれるとは限りませんよね。その点はどう考えればよいのでしょうか。

 エイボンの例で言うと、その効果が心理学的に証明されているデータもあります。たとえば、エイボンが実施しているプログラムに賛同し、その活動にも参加するまでのレベルになった消費者は、実際にエイボンの商品を買う確率も非常に高いことがデータで明らかになっています。

 しかし、ただ単に「当社の商品の特徴はこうですから買ってください」とお願いしても、消費者は買わない選択肢も持っています。要するに、ROI(投資利益率)の問題なのです。そこで私は、消費者が熱中している活動や関心事、すなわち「スイート・スポット」をつかむことを提唱しています。

――製品を売る前に、消費者から共感を得るような環境をつくることが大事ということでしょうか。

 そうです。商品の話だけで売ろうとしても、そういった情報にあまり興味を持たない消費者は、なかなか耳を傾けてくれないものです。売り込みに専念するよりも、たとえば乳がん撲滅を打ち出したほうが消費者の心をつかみやすいわけです。ふたたびエイボンの例を挙げれば、乳がんに対するアクションを通じて化粧品を売ることだけでなく、ソーシャル・メディアの活用という意味でも乳がんに着目しているはずです。

 一般にソーシャル・メディアの場合、ある製品、たとえば口紅に対しては「使ってみたけどよくなかった」というクレームに近いネガティブなコメントを出されてしまうケースが多いと思います。一方で、乳がん撲滅のようにポジティブな行動であれば、ソーシャル・メディアで好意的に取り上げられやすい傾向があるのです。