1本の映画と妻の後押しが、宇宙飛行士への道を切り拓く

――『ライトスタッフ』(人類初の有人宇宙飛行を目指すパイロットを描いた映画)をご覧になったことが、真剣に宇宙飛行士を目指す転機になったそうですね。

 そうなんです。テスト・パイロットになるためにアメリカ留学をしていたとき、レンタルビデオ店で何気なく手に取ったのが『ライトスタッフ』でした。宇宙のカプセルと宇宙服を着た人が立っているパッケージを見て「これは何だろう」と興味が湧き、思わず手に取りました。

『ライトスタッフ』は、戦闘機のテスト・パイロットが宇宙飛行士になるという話なんです。ストーリーを追いながら、思わず自分の姿を重ね合わせていました。日本が自前で宇宙船をつくるようになれば、テスト・パイロットは絶対に必要だ。もしかしたら、いつか日本もこうなるかもしれない。いろいろと夢が膨らんだことを覚えています。

 ただ、その時点で、宇宙飛行士になるために特別なことを始めたわけではありません。本当の転機と言えるのは、映画の話を妻にしたことでしょうか。それまでにも「宇宙飛行士になりたい」という想いは妻に話していました。またそれ以前から、私が宇宙を大好きだということをよく知っていたと思います。

 こんなこともありました。しし座流星群を見るために、妻と一緒に自宅の外に出てはみたものの、その日は残念ながら曇っていて、よく見えなかったんですよね。そのときは、「車に乗って!いまから天気のいいところに行こう!」と言って、結局、長野の実家の近くまで行ってしまいました(笑)。そんなことが何度かありましたね。

 私がテスト・パイロットになると決まった時、妻は心配していました。一つ間違えば命を落とす危険な仕事でもあるからです。その時も「宇宙飛行士になりたいから」と説明して、納得してもらったことを覚えています。

――自衛隊から宇宙飛行士という道は開かれていない時のお話ですよね。奥さんにとっては荒唐無稽な話に聞こえたのではないでしょうか。

 あとで聞いてみたら、それほど深く考えていなかったようです。たぶん「そういうこともあるのかなあ」といった程度だったと思います。でも、妻がその話を覚えていてくれたことが私の人生を大きく変えました。

 宇宙飛行士の募集が始まったとき、私は東京で勤務していました。多忙な毎日を送っていて、仕事以外の情報を集める余裕はまったくないような状況です。実は、宇宙飛行士の募集を見つけたのは妻なんです。しかも、忙しい私に代わって募集要項を取りに行ってくれて、平日は時間的余裕のない私を気遣って、土曜日でも健康診断をやってくれる病院まで探してくれました。

 ただ、当の私といえば、自衛隊で約束された道を捨てていいのか、ここまで育ててくれた自衛隊を裏切ることにならないかと、なかなか踏み切れないでいました。当時、私はテスト・パイロットの飛行隊長になることが目標で、その道がほぼ確定していたのです。それを棒に振ってまで夢に突き進んでいいのか。それも迷っていた大きな理由の一つでした。

 たしか、締め切りの1週間前だったでしょうか。煮え切らない私に向かって、妻がこう言いました。「あなた、ここでやらないのはちょっと違うんじゃないの?」って。応募する決意を固めたのは、そのひと言に背中を押されたからです。

 後日談ですが、妻は私が受かるとは思っていなかったようです。応募して落選すれば、宇宙に対する夢や憧れに諦めがつくだろうと考えていたみたいですね。

――宇宙飛行士に合格されたとき、奥さんはどんなことをおっしゃっていましたか。

 かなり驚いていましたね。それ以前に、最終選抜に残った時点でドキドキしていたようです。当時、よくこんなことを口にしていました。

「とんでもないことになっちゃったね。私のひと言で人生が変わっちゃったんじゃないかな……」

 でも、私は妻に感謝の気持ちを伝えました。

「自分がやりたかったことだし、人生が変わるといっても、良いほうに変わっているのだからいいんだよ。本当にありがとう」

 彼女の協力には、本当に感謝しています。

次回更新は、10月28日(火)を予定。