そんな中で大々的に存在をアピールし、デビューのチャンスをつかめるのが見本市であり出版社である。世界N0.1の見本市では、大企業が大きなブースを構える。しかし大企業だけの見本市はつまらない。来場者に驚きを与えるような、商談がすぐ活発に始まるような新顔ベンチャーが出展していないと魅力的な見本市にはならない。そこで見本市会社は新技術に精通した業界通のスタッフを置き、いつも革新的なベンチャーをサーチし、無料でブースを提供して誘致するのである。したがって見本市会社には、有望ベンチャーの情報が溢れている。

 出版社も同じである。IT雑誌は最先端技術や新ビジネスの動向をいつも追いかけている。面白いベンチャーをサーチしている。そんな全米N0.1のIT雑誌に特集記事で大きく取り上げられると、放っておいてもVCから資金提供の話が持ち込まれ、技術や販売提携の申し込みが殺到する。見本市の会社も業界誌の社も、いわばインサイダー情報の宝庫なのである。ここを握れば、良質なベンチャーを他人より早く見つけ出すことが可能である。さらにデビュー後の成長を見本市や雑誌を通じてPRし、成長の支援ができる。それによってベンチャーが育てば、情報革命が進む。孫氏は見本市と業界誌の会社こそ、まさに当時の情報革命のインフラと見たのだ。

 1995年のコムデックスで、孫氏はオーナーとして開会宣言をし、孫氏自身が世界のIT業界に華々しくデビューした。そしてその後に開かれたグループ幹部会で、こう漏らしたと伝えられる。「これからベンチャー投資を本格化したい。ついては俺に宝物を教えてくれ。これがコムデックスとジフを買収した目的なんだ」その場でジフの編集長が言った。「だったらヤフーがいいと思うよ」。ヤフーは当時10人に満たないベンチャーだったが、ジフが注目していたのだ。孫氏はヤフーに何と100億円もの出資をするのだが、この勇敢さは誰もが真似できるものではなかろう。しかし結果としてこれが後に数兆円もの利益をソフトバンクにもたらすのである。

 孫氏がコムデックスとジフの買収によって得た貴重な財産は、もう一つある。人脈である。コムデックス見本市やジフの出版物は、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスといったITグルたちですら来場し、あるいは購読している。そのオーナーという存在は、いわば業界団体のリーダーのような意味合いがあり、誰もが良い関係をもっておきたいと考える。現実に孫氏はコムデックスの開会直後にビル・ゲイツからゴルフの誘いを受けているし、ジョブスやルパート・マードックと膝詰談判ができるほどの関係を築くことができた。孫氏は2社の買収で、いわば人脈を買った。ビジネス構築の最も大切な基盤がインフォーマルな人脈であることは、経営トップなら知らない人はいない。米IT業界の最高の人脈を手に入れるのに、2,800億円は孫氏にとって安い買い物だったに違いない。