資金調達や買収のような、自社の命運を分ける取引を成功に導く秘訣は何か。シリコンバレーで交渉の豊富な経験を持つ筆者によれば、3種類のステークホルダー――推進者、決定権限者、妨害者――を特定して個別に対処することだという。

 

 動画共有サイトのピンタレストは、アンドリーセン・ホロウィッツからの2700万ドルの投資に助けられてスタートアップの世界で爆発的に成長した。モバイル決済のスクエアは、スターバックスとの提携によって新たな次元へと躍進を遂げた。どんな急成長企業にも、その存在を認められ、すべてが一変した瞬間があるはずだ。つまり、自社が信用を獲得しその後の成長への足がかりを得た、最初の大勝利の瞬間である。では実際にどうすれば、このような決定的に重要な取引を成約にもっていけるのだろうか。

 私は企業の創業者、相談役、投資家としての長年の経験を基に、こう考えている。承認を勝ち取るには、ビジネスの基本原理や金銭的な要素と同じくらい、人間の本質を理解しなければならない。

 具体的にいうと、取引を成立させるには、決定に大きな影響を及ぼす3種類の主要ステークホルダーを見極める必要がある。すなわち、「推進者(champion)」、「決定権限者(decision maker)」、「妨害者(blocker)」である。さらに、それぞれの動機を理解することも求められる。

 取引成立への足がかりを築くために最初にやるべきことは、相手組織の推進者を正しく特定することである。ただし、推進者は決定に影響を及ぼすが、最終的な意思決定者ではない。実のところ、彼らが組織内で大きな権限を持っていることはめったにない。しかしだれが影響力を持つのかを心得ており、その専門知識は組織で高く評価されていることが多い。推進者は自社の人間とプロセスについて詳細に把握しており、組織文化を方向づけることができる。

 推進者の最大の動機は、ステータスである。「自分は重要な存在だ」と感じたいのだ。たとえば私が知る推進者たちの動機には、自身の知名度を上げる、関心とリソースを自分の分野に引き込む、イノベーターとして認知される、等々があった。契約推進の具体的な理由が何であれ、彼らにおおむね共通しているのは、自身のキャリアにおいてリスクを取ってもよいステージにいることだ。

 私は2008年、スタートアップとして高く評価を受けていたゲーム会社オンライブ(OnLive)の事業開発チームに在籍していた。壮大なアイデアを実現するために多額の資金を必要としていたが、折しも資本は世界的なメルトダウンを起こしており、大口の資金調達は企業による投資に頼るしかなかった。オンライブはハイエンドなゲームをクラウド化して、あらゆる端末上でプレイできるようにするサービスを提供していた。

 我々にとって、AT&Tはパートナーとしても投資家としても理想的であった。なぜなら当時のAT&Tは、家庭用高速インターネットをめぐりコムキャストに追いつこうとしており、さらにワイヤレスの分野ではベライゾンと競っていたからだ。自社のブロードバンドにオンライブのゲームサービスを導入すれば、AT&Tはライバル2社に対して独自の優位性を持つことができる。そこで我々の目標は、「AT&Tから3500万ドルの出資を得て、米市場における独占的なゲーム配信のバンドル契約を結ぶ」こととなった。