我々がAT&Tの推進者として目をつけたピートは中級幹部で、自社がゲームに関われる事業機会を模索していた。彼には、社内で尊敬を集めて昇進のチャンスをつかむという野心があったうえに、自分自身の重要性を実感したがっていた(こちらのほうがより大きな動機だったと思われる)。実際に、彼が昇進を勝ち取る最善の方法は自身の存在感を示すことであり、それを実現するうえでオンライブの案件はうってつけの機会だったはずだ。斬新な新技術であり、AT&Tに新しいマーケットを拓くことになり、競合へのプレッシャーにもなるからだ。ピートの惜しみない協力のおかげで、我々はAT&Tの主要なプレーヤー全員を把握できた。
推進者はその名が示す通り、契約の締結に向けて大きな労力を注ぐ。推進者とうまく協力するポイントは、「決定権限者を説得しイエスと言わせる」という目的に集中して力を合わせることだ。
推進者はリスクに寛容だが、決定権限者は正反対である。彼らは通常は上級幹部で、契約への決定権を持ち、最終的な結果責任を負う。したがって彼らには失うものが多くあり、不安の大きさに応じて案件への精査が厳しくなり、それが取引の不成立につながりやすくなる。キャリアの始まりがどうであれ、決定権限者はたいていマクロな問題の対応に1日の大半を費やしており、自社やその製品を細かい部分まで理解するための専門知識を持ち合わせていないことが多い。裏を返せば、彼らが決定を下す時は第三者の意見に頼ることになる。
AT&Tの決定権限者は、CEOのランドール・スティーブンソンだった。彼の目標は、成長市場の潜在機会をうまく捕らえ、自身の信用を損ねることなく、競合他社をそこから締め出すことである。彼のような決定権限者を口説き落とすには、推進者と一致協力して十分なデータ、分析、第三者評価などを提供しなければならない。CEOの決定に異を唱えるかもしれない人たちに、デュー・ディリジェンスが行き届いている形跡を示すのだ。ピートの9カ月にわたるサポートのおかげで、我々は堅固な信用基盤を築き上げた。その結果、スティーブンソンにとってのリスク――投資が成果を上げない可能性への懸念――を軽減させることができたのだ。
推進者と決定権限者の間に立ちはだかり、契約を破談に追い込む可能性を持つのが妨害者である。彼らは決定権限者の耳の役割を果たす。推進者が契約に積極的で、決定権限者がリスクを嫌う一方、妨害者は破壊分子といえる。決定権は持たないものの、こちらの動きを妨害し決定権限者の承認を難しくする。その理由はさまざまだが、彼らはどうにかして取引を中止に導こうと腐心するのだ。推進者の案件に対抗する別のアイデアを持っているのかもしれないし、敵対者に脚光を奪われたくないのかもしれない。
AT&Tにおける妨害者は、競合する案件を支援するバイス・プレジデントたち、さまざまな分野の専門家たち、ならびに財務部門の人たちだった。
推進者と同じように、妨害者にも自分を重要だと感じたい欲求がある。ただしその重要性は、物事を否定することで発揮される。妨害の背後にある動機が何であれ、こちらとしては彼らの動向に注意を払い、味方に引き込むか、疑念を払拭してやらねばならない。最終的にピートと我々オンライブは、外部のサードパーティーから多大な支援を受けられることを証明して取引のメリットを説き、スティーブンソンの側近を含む妨害者たちを納得させた。
スティーブンソンはこうして、自身の決定が正しいことを主張できると信じるに至った。その結果、オンライブはAT&Tのブロードバンドを介して全米にゲームを配信する独占権を獲得し、7500万ドルの契約金を得た。また、この契約で確立された信用のおかげで、その後複数の企業と配信契約を結び、総額2億5000万ドルを超える契約金を手にすることになった。そこにはHTCやブリティッシュ・テレコム、ジュニパーネットワークス、ヒューレット・パッカード、ワーナー・ブラザーズなどが含まれる。
推進者をサポートし、妨害者を味方につけ、決定権限者を説得する――このバランスをマスターすることが契約を成立させる秘訣であり、これらを実践できれば先行きは明るい。3種類のステークホルダーたちが持つ動機はそれぞれ異なる。それらを理解したうえで利害を調整することが肝要だ。
HBR.ORG原文:The Stakeholders You Need to Close a Big Deal July 11, 2014
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シリコンバレーを拠点とするアドバイザー。テクノロジー、エンタテインメント、メディア関連の企業を支援する。これまで調達してきた資本は数億ドルに及び、総額で数十億ドルにも上る企業買収で中心的な役割を担ってきた経験を持つ。