経験豊富なディールメーカーが語る交渉の秘訣、第2回。まずやるべきことは、複雑な交渉環境の中を導いてくれる「推進者」を見つけ味方につけることだ。そのためには、その人物の真の動機を見極めて応える必要がある。

 

 ギリシャ神話では、死者の魂は冥界を流れるスティクス川の渡し守カロンによって、死者の世界へと運ばれる。カロンの舟に乗せてもらえない魂は100年もの間、川べりをあてもなくさまよい続けることになる。

 取引交渉においても、自分の判断のみに基づいて独力で進めようとする者は、総じてこれと似たような運命をたどる。フォーチュン誌が選ぶ全米上位2000クラスの大企業を相手にした交渉は、単純にいくものではない。大規模な組織はきわめて複雑かつ広範に展開しており、重大な案件に際して何が必要なのかを相手側の人々が把握していないことも多い。したがって水先案内人がいない限り、費やした時間も努力も無駄になり、取引の終着点も見出せないだろう。

 前回の記事では、重要なプロジェクトの交渉でカギを握る3種類の主要プレーヤーについて述べた。推進者(champion)、決定権限者(decision maker)、そして妨害者(blocker)である。今回はこれをもう少し掘り下げて、どうすれば最適な推進者を見出し、こちらの味方に引き込めるかを示したい。その人物は、関係者たちの意見、評判、駆け引きなどが複雑に絡み合う状況下で、あなたを助け取引成立へと導いてくれるきわめて重要な存在となる。

 推進者は最終的な意思決定者ではなく、組織内で大きな権限を持っていることも稀である。ただし、交渉の進展と成立に不可欠な4つの要件を満たしている。すなわち信用、人脈、社内情報、そして動機を持っているのだ。

 かつて私が頼った推進者、チャーリーもこれらを兼ね備えていた。私がチャーリーと知り合ったのは、ITバブル崩壊後、テクノロジー業界が活気を取り戻しつつあった2004年の頃だ。当時の彼はIBMでインターネット・セキュリティのスペシャリストとして働いており、一方の私はゾーンラボ(Zone Labs)という企業で事業開発を担当していた。

 ゾーンラボはインターネットのセキュリティ・ソフトを開発する新興企業で、シマンテックやマカフィー、チェック・ポイントやシスコといった既存の巨人たちを打倒すべく野心を燃やしていた。一般ユーザー向けのフリーウェア版は数百万回のダウンロード数を誇り、オンライン販売による49ドルのプレミアム版もまずまずの成功を収め、これらの資産による年間収益はおよそ200万ドルになっていた。新興企業としては悪くない数字だろう。しかしこの分野における収益の大部分は、セキュリティを重視する大規模なIT企業との取引で生まれる。ゾーンラボが必要としていたのは、ネームバリューのある法人顧客だった。