グーグルの社員食堂に学ぶ、人々を「そっと動かす」秘訣。従業員の行動を変えるには、変更を強要するのではなく、意思決定が行われる「場」に少しだけ手を加えてみてはどうだろう。

 

 業界を問わずどの企業でも、プロセスをほんの少し変えるだけで大きな効果を生み出せる場合がある。必要なのは、従業員や顧客の実際の行動様式――たとえば「人々は指図されることを好まない」など――を考慮することだ。我々の研究および他の複数の研究報告は、ちょっとした工夫が大きな成果をもたらしうることを示している。

グーグルの例を挙げよう。同社は社員食堂で、従業員に健康的な食習慣を奨励するためにあることをした。グーグラー(グーグルの従業員)は取り皿の置き場に近づくと、「大きい皿を使う人は、小皿を使う人よりもたくさん食べてしまいがち」であることを示す掲示を目にする。この掲示は、こうしなさいと指図することなく健康志向へと導いている。このささやかな取り組みの結果、小さい皿の利用が倍増し、使われるすべての皿の32%を占めるようになった。

 グーグルはまた、デザートの出し方も変えた。各自が大皿から好きなだけデザートを取れる方法をやめて、3口で食べきれる量を小皿で出すようにしたのである。おかわりしたい人は、もう1度列に並ばなくてはならない。つまり食べ過ぎてしまう前に、再考が促されるという仕組みだ。(また同社は、野菜摂取を促すために、社員食堂の入り口付近にサラダバーを設置した。人は最初に目にしたものを皿に取る傾向があるため。)

 キャス・サンスティーンとリチャード・セイラーが共著書『実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』)で述べているように、意思決定の環境をわずかに変えることで、人々を「そっと動かす」ことができる機会は多々ある。こうした改善手法は行動経済学の中心的なテーマだ。行動経済学とは心理学、判断・意思決定、経済学の分野の知見を総合する学問であり、人間の行動について、各分野単独では見出されない正確で説得力のある洞察を得ようとするものだ。

 行動経済学によれば、人間はいかに賢明であろうとしても、常に合理的な判断をするとは限らない。たとえそれが自分の利益に沿う場合であってもだ。なぜなら判断をつかさどる脳内回路は固定的で、簡単に変えることができないからである。組織でプロセスの改革を提案しようとすると、膨大な費用と時間、さらに社内外の支持者の十分なサポートも必要となるだろう、といった懸念が生じる。しかし実際には、ごく簡単な工夫だけで、個人や組織に大きな変化をもたらせる場合がある。

 筆者の1人ジーノが、ロンドン・ビジネススクールのダニエル・ケーブルおよびノースカロライナ大学キーナン・フラグラー・ビジネススクールのブラッドレイ・スターツとともに行った研究を紹介しよう。我々が研究対象としたのは、新入社員を会社になじませるための新人研修だ(英語論文)。多くの企業では、新人は入社初日や第一週目に組織の行動規範を教えられ、会社の沿革についてレクチャーを受ける。続いて、各自の担当業務の内容と作業要領――仕事を首尾よくこなすためにマスターしなければならない、所定のプロセスと行動――を教わる。