こうした一方的で講義のようなアプローチは、短期的には新人の生産性を高め、その仕事をコントロールできる。しかしジーノたちの研究によれば、そうした手法では生産性と創造性の高い職務環境を長期にわたって築くことにはならない。

 より優れたアプローチは、まず新人にこう簡単な質問をすることだ――「最も強みを発揮している時のあなたは、どんな人間ですか?」。この質問の背景にあるのは、通常とは異なる雇用哲学であり、次の心理学的知見に基づいている。「人間は生来、自分が最も得意とすることをしたがる傾向があり、それによって認められたいと感じる生き物である」。私たちは得意なことによって自己を表現できると、自分らしさを感じることができ、活力が湧く。さらには仕事にいっそう没頭でき、生産性も高まり、組織へのコミットメントも強まる。

 ジーノたちは上記の心理学的知見に基づき、ビジネス・プロセスのアウトソーシング(BPO)企業ウィプロの新人研修プロセスで実験プロジェクトを実施した。新人のサービス担当者のうち特定のグループに対し、「自分の強みや独自性は何か」「それらを新しい仕事にどう活かせるか」について考えてもらった。(注 :実験ではこれを「個人重視」条件とした。そして別のグループには、まずウィプロの卓越性を説明し、会社のどの面に自分が誇りを持てるかを考えさせた。これを「組織重視」条件とした。)自分の強みを考えるプロセスを経た新人たちは、新しい職場環境で疎外感や不安を感じることなく、自分らしさを発揮できた。その結果、「組織重視」条件の新人と比べて7カ月後の離職率が低かっただけでなく、顧客満足度に基づく成績も上回っていたのだ。

 ある大手小売企業は、慢性疾患で薬を服用している従業員たちに、処方薬を小売薬局に出向いて受け取るのではなく自宅への郵送に切り換えてもらおうと考えた。自宅に届くようにすれば、会社と従業員双方にとって費用の節約になり、より便利かつ安全になるうえ、薬を確実に服用するよう促すことにつながるからだ。

 しかし、金銭的な動機によって郵送に変更した従業員は5%にすぎなかったため、会社は別の方法を試みた。皆が慌ただしい日常を送っており、たとえメリットがあっても変更手続きに手間をかけたくないのかもしれない。そこで、重い腰を上げさせるために「自発的な選択」をするよう従業員に告げた。自宅郵送と薬局での受け取りのどちらを選ぶかを、電話やウェブサイト、またはメールで意思表示しなければ、処方薬の費用補助は受けられないと伝えたのである。その結果、約40%の従業員が自宅郵送を選び、年間数百万ドルもの経費節減につながった。浮いた費用が従業員と会社に与えた恩恵はほぼ半々であった。

 こうした事例からわかるように、「人々の考え方」を変えようとするよりも、「人々が意思決定を行う環境」に手を加えるほうが効果的である。それらは、長い時間を要する大規模な取り組みである必要はない。それどころか、ほんの些細な微調整によって、個人と組織の両方に大きなメリットをもたらすこともできるのだ。


HBR.ORG原文:To Change Employee or Customer Behavior, Start Small September 19, 2014

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ジョン・ビシアーズ(John Beshears)
行動経済学者。ハーバード・ビジネススクール助教授。経営管理論を担当。

フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)
ハーバード・ビジネススクール教授。経営管理論を担当。著書に『失敗は「そこ」からはじまる』(ダイヤモンド社)がある。