米保険大手のAIGは、データサイエンスを活用した「根拠に基づく意思決定」に全社を挙げて取り組んでいる。どのように成功を導いたか、その取り組みと導入の工夫について、同社のチーフ・サイエンス・オフィサーが紹介する。
データサイエンスの最近の発展によって、意思決定の質を向上させる機会が飛躍的に増えている。機械学習やパターン認識を含む数々の予測分析ツールは、早期に導入すれば競争優位の源泉となりうる。しかし、明確な認識と意図を持ってしても、ビジネス上大きな成果が保証されるわけではない。これはすべての新しいケイパビリティについていえることだ。
データサイエンスに秘められた可能性を現実の成果へと変えるには、どのようなプロセスを踏めばいいのだろうか。新たなインサイトの獲得にとどまらず、従業員と顧客両方の行動を変えるにはどうしたらいいのだろうか。本記事では、グローバルな保険大手AIGが新たな分析ツールを導入する過程で学んだ教訓を紹介しよう。同様の取り組みを検討しているリーダーの参考になれば幸いだ。
2012年1月、AIGは社内に「サイエンスチーム」を立ち上げた。保険会社にサイエンスチームと聞いて驚く人もいるだろう。しかし、CEO兼社長のピーター・ハンコックは、いまだにエキスパート個々人の判断に頼りがちなこの業界では、エビデンスベースの(科学的根拠に基づく)意思決定を活用できるチャンスは大きいと考えた。戦略と競争の両面で優位性を確立しようという意図だ。2014年のはじめには、マネジメントとサイエンスの分野で多様な経験を有する130人が、サイエンスチームに加わりミッション実現に向けて邁進していた。すなわち「AIGにおけるエビデンスベースの意思決定の促進」である。
サイエンスチームは、その呼称に「データ」や「アナリティクス」という言葉を意図的に使っていない。なぜなら、チームの能力はこれら2分野の範囲をはるかに超えているからだ。行動経済学者や心理学者、エンジニア、業務変革のエキスパートが、データサイエンティストや数学者、統計学者と共同で課題に取り組んでいる。このやり方にはもっともな理由がある。単にデータから新たなインサイトを生み出すだけではなく、実際のビジネスの中で個人の判断を体系的に向上させるには、多くの専門分野にまたがるアプローチが不可欠なのだ。それまでの意思決定手法を変えるべく、チームの9割方が保険業界以外から採用された。チームの仕事は、データを準備してモデルを構築することにとどまらない。事業機会の特定、教育、変革の推進を含め、課題設定から行動変革までを網羅するバリューチェーンに関わっている。
現在までに効果を上げてきたサイエンスチームのやり方を、以下に紹介しよう。
●重要な論点や問題から着手する
労働者の補償請求の一部は、AIGにとっては複雑さ、論争、遅延や損失を招く主たる要因となっている。補償請求の10%がコストの60%を占めるのだ。そのため請求の深刻度の予測は、あたかも医師による特別な診察のように、初期段階でより的確な対応策を特定して成果を高めるうえできわめて重要となる。これは、技術的なソリューションをビジネスに深く組み込んだ時の力を示す好例である。この問題に焦点を当てた結果、深刻度予測の向上とコスト削減につながり、顧客にもメリットをもたらしている。