ヤマト運輸の故小倉昌男元社長も、ザ・マーケティングCEOと呼びうる好例であろう。周知の通り、小倉氏は、宅急便という新しい事業モデルを開発・導入することに成功し、同社を再興した名経営者と言われる。宅急便事業が社の存立に関わる最重要課題であったため、社長として関わるのは当然だったかもしれないが、文字通りマーケティング活動の全領域で直接指揮を執っている。宅急便の市場投入に成功してからも、クール宅急便などの新たな後続サービスの開発や市場投入にも直接タッチしているし、細かく社員に指示も与えている。こちらも、ジョブズ氏に負けず劣らぬザ・マーケティングCEOである。

 セブンイレブンの鈴木敏文元社長(現IYホールディングス会長)もマーケティングに深く関わっている。同氏は、セブンイレブンのマーチャンダイジングや店舗運営に社長として直接関与していたと言われる。例えば、新商品として開発した惣菜や弁当を試食して、「これはチャーハンとは言えない!」とダメ出しをしたり、「以前食べて非常に記憶に残った冷し中華の元祖と言われる有名店の麺を上回るように指示」したりしている。ちなみに、冷やし中華の開発担当者は、試作品を鈴木社長に試食してもらったが、11回の試作が連続でNGとなり、12回目の試食でやっと合格したという。開発した方も大変だが、それを全て試食した社長も大変である。これらは、セブンイレブンがまだ小さい企業時代の話ではなく、すでに巨大な小売りチェーンに成長してからの話である。商品開発の現場でそうしたことまで社長がやるべきかどうか、については色々議論もありうると思うが、トップの直接の関わりによって、過剰在庫も機会損失も少ない磨き抜かれたマーチャンダイズの組織能力が営々と築かれてきたことは、間違いないであろう。

 ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長も、1984年にユニクロが広島で一号店を立ち上げて以来、現場で陣頭指揮を執ってきており、自ら顧客と接し、ニーズを見極め、そして生産、調達、MD、開発、営業、店舗運営、そしてマーケティングの全てに熟達してきている経営者である。同社が世界的SPA大企業に成長してからも、繊維原材料の調達から、キャンペーン商品ラインアップの選別、宣伝チラシの打ち方に至るまで、経営トップとして直接深く関与していると言われる。文字通りザ・マーケティングCEOであろうし、恐らく自身もそう自負しているのではなかろうか。