ミューラーのさらなる研究によれば、マネジャーや上級幹部は、特に顧客が求めているアイデアを否定する傾向が強いという。マネジャーと顧客の双方に新商品のアイデアを評価してもらったところ、顧客は最も創造性の高いアイデアを好んだ。一方でマネジャーはほとんどの場合、それらを気に入らなかったが、理由は「実現性が低い」または「儲からない」であった。2つの研究はともに、多くの社員がアイデアを実現する過程で感じている葛藤を浮かび上がらせる。

 キックボックスのアイデアが生まれたのは、アドビのクリエイティビティ担当バイスプレジデント、マーク・ランドールがまさにその葛藤に気づいた時だった。『ファストカンパニー』誌の記事によれば、彼はシリコンバレーでよく見られるハッカソンで生まれるようなエネルギーを、より具体的で拡張可能なものに落とし込む方法を探っていた。社員たちに「なぜアイデアがあっても提示しないのか」と問いかけたところ、最も多かった答えは「経営陣を説得しなければならないから」だった。これを知った彼は、イノベーション予算のより有効な使い方を考えつく。プレゼンされる少数のビッグアイデアに資金を提供する代わりに、予算を細かく振り分け、プレゼンされずに埋もれがちなビッグアイデアを見つけ出すという方法だ。

 キックボックスは、ピーター・シムズの表現を借りれば「無数の小さな賭け」をする方法なのだ。社員は望めば誰もがキックボックスをもらえ、マネジャーはそれを拒否できない。社員は成果を発表しなければならないが、期限は設けられておらず、失敗に終わっても評価を下されない。オプションとして、キックボックスを最大限に活用するための2日間にわたる研修も用意されている。

 これまでに1000個以上のキックボックスが配られている。最終レベルを完了して「箱をクリア」した社員はまだ少ないので、プログラムの成果を具体的な数字で評価するのは時期尚早である。とはいえ、その少数のアイデアの中にはいくつか有望なものも含まれ、うち1つはアドビがストックフォト販売サイトのフォトリアを買収するきっかけになった。他のメリットとして、創造性の高い社員とのエンゲージメントを強めること、そして外部からイノベーターを惹きつけ採用することに役立っているという。なお同社はキックボックスの説明書をウェブサイトに公開し、他の企業がキックボックスを作成したり、やり方を一部アレンジして独自のキックボックスにできるようにしている(英語サイト)。

 キックボックスの素晴らしいところは、社員に「魔法の箱」を与えることではなく、「許可」を与えることである。多くの場合、まさにそれが創造性の開放に必要なものなのだ。


HBR.ORG原文:Inside Adobe’s Innovation Kit February 23, 2015

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デイビッド・バーカス(David Burkus)
オーラル・ロバーツ大学の助教授。経営学を担当。リーダーシップ、イノベーション、戦略のアイデアをシェアするLDRLB(リーダーラボ)の創設者。『どうしてあの人はクリエイティブなのか?創造性と革新性のある未来を手に入れるための本』(ビー・エヌ・エヌ新社) がある。