MMRワクチン(はしか・おたふく風邪・風疹の予防接種)が自閉症の原因になるという説は、その後の研究で否定されているのに多くの米国人に信じられている。誤った風説はなぜ消えずに定着するのか。その背景要因をオグルヴィのPR専門家が説明する。
1998年にイギリスのある医師が、MMRワクチン(はしか・おたふく風邪・風疹の予防接種)を受けた子供12人に対する調査を発表した。そこには、このワクチンと自閉症との恐るべき相関が示唆されていた。ところが、その後の調査と臨床研究の結果、MMRワクチンと自閉症の関係は否定され、医学誌は当該論文を撤回。くだんの医師はよからぬ金銭的動機を持っていたことが明らかになり、医師免許をはく奪された。
しかし複数の調査によると、米国では子を持つ親の3人に1人が、信ぴょう性のないこの説をいまだに信じている。30歳以下(ミレニアル世代)の5人に1人が「乳幼児期にMMRワクチンを受けると自閉症になる」と信じており(英語記事)、親の26%は「MMRワクチンの安全性に関して、セレブの発言は信頼のおける情報源」だと考えている(英語記事)。そしていま、2000年に米国内で根絶が宣言されたはずのはしかが再び流行し始めているのだ。
これにより、親、政治家、医療関係者の間で激しい議論が巻き起こった。そしてコミュニケーションを生業とする私(オグルヴィ・パブリック・リレーションズのグローバル・チェアマン)も、仕事柄この問題に関心を抱くようになった。デマを払拭し誤解を正すことは、なぜこれほど難しいのだろうか。それには4つの大きな理由があると思われる。
1.事実をもって反証を試みても、奏功しないどころか逆効果になる
1979年にスタンフォード大学のチャールズ・ロードらが行った画期的な研究では、人間は事実に基づく科学的な証拠によって自説の間違いを示されると、ネガティブな反応を示すことが判明した。自分が持っている考えと一致する証拠だけを受け入れるこの現象を、ロードは「確証バイアス」と呼んだ。以降このテーマについて何百という研究がなされたが、いずれも同じ結果を示してきた。つまり、事実や証拠をもとに主張されると、人間はそれらを拒否または無視する傾向があるのだ。
考え方を変えるどころか、多くの人々は一歩も譲らずに自説にいっそう固執してしまう。ダートマス大学のブレンダン・ナイハンとエクセター大学のジェイソン・ライフラーは、「バックファイア効果」というさらに危険な傾向を実証している。実験では、誤りを指摘された人々はその誤認をさらに強めたという(英語論文)。