モデルで女優のジェニー・マッカーシーは、米国で最も声高にMMRワクチンを批判する活動家の1人だ。彼女が拠り所とするのは、自分の息子にまつわる個人的なストーリーだ。息子はワクチンによって自閉症を発症したが、オーガニック製品とホリスティック医学によって回復したという。マッカーシーが利用したのは、社会科学者が「身元の分かる被害者効果」(identifiable victim effect)と呼ぶ、極めて効果的なテクニックだ。

 人間の共感が及ぶ範囲には限りがある。1人のアカの他人を心から思いやることはできても、対象が増えるにつれ共感は薄れていく。そして大勢の集団に対しては、私たちの思いやりは消えてしまうのだ。マッカーシーは個人の感情的なストーリーを繰り返すことで、特定可能な個人に対してなら強く共感されるという心理的・社会的な現象を利用した。彼女が免疫学について科学者と直接対決する場面では、子供のストーリーがいつも聴衆を味方につける。科学的証拠がないと反論されると、「息子のエヴァンが証拠よ」とやり返すのだ。

 ウェスタン・オーストラリア大学のステファン・ルワンドウスキー教授らは、「デマを払拭するためのハンドブック」を執筆した(英文PDF)。その中で、「誤解を正しても、ストーリーの形跡を残しておいては不十分だ」と指摘している。元のストーリーに取って代わる、信頼できる新たなストーリーを作り出さねばならないのだ。

 あなたは、何かを正そうとする時に「AではなくてBだ」と説明したり、事実の提示によって議論に勝とうとしたりすることがあるはずだ。あるいは、間違っている相手をからかったりけなしたりしたい時もあるはずだ。

 これらは誰もが陥る落とし穴である。そうした行為によって、相手が望まない情報を強調することになる。すると相手はあなたの主張にますます反感を持ち、聞く耳を持たなくなってしまう。

 やるべきことは次の3つだ。噂を打ち消してデマを払拭する過程で、誤った情報を繰り返して発信しないこと。説得力のある、前向きなストーリーを利用すること。そして、情報は多ければ良いとは限らないと心に留めておくことである。


HBR.ORG原文:Why Debunking Myths About Vaccines Hasn’t Convinced Dubious Parents February 20, 2015

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クリストファー・グレーブス(Christopher Graves)
オグルヴィ・パブリック・リレーションズのグローバル・チェアマン。PR企業協議会(PR Council)の議長も務める。