現場力が強い日本が取り組むべきは、ガテン系IoT
――ドイツの「インダストリー4.0」をはじめ、欧米勢が先行するIoTで、日本に勝ち目はあるのですか。

十分にあると思います。私は、IoTは、「ガテン系」と「スマホ系」に分けて考えています。スマホ系の代表は、Fitbitをはじめとしたウェアラブルな活動系。スマホと連携することで、お客さんに価値を与えるというもので、アメリカが非常に進んでいます。この分野で、日本がシリコンバレーの企業と戦うのは難しいでしょう。シリコンバレーでは技術の進化のスピードが速いうえに、新規事業に対して莫大なお金が投入されているからです。加えて、スマホ系はアイデアを思いつくのに特殊な経歴も不要。つまり、だれでも参入可能な分野なので競争がきわめて激しいわけです。
一方、これまで話してきたようなガテン系は違います。最初に現場の人たちが効率が高まりそうなアイデアを出し、ITの専門家が、課題解決に関するデータ収集・分析などの仕組みをつくります。言い換えれば、現場を知らなければ、そもそも何が問題なのかすらわからないわけです。そう考えると、現場力を大切にする日本企業が、「ガテン系」に取り組めば、強い競争力を発揮できるはずです。
――日本の製造業はすでに世界有数の生産性の高さを誇っていますが、IoTの導入によって生産性が向上する余地があるのですか。
これも十分にあります。おそらく、そのインパクトは、PLC(プログラム・オブ・ロジック・コントローラー)が導入された時に匹敵する大きさでしょう。PLCは、50年ほど前に開発された小さなマイコンです。それが製造現場に導入されてから、生産現場の自動化が飛躍的に進みました。その後もIT化を推し進めたりして、生産性は行きつくところまで行きついたように思われました。しかし、IoTに取り組むことで、再び生産性が向上する余地が出てきました。製造業ですらそうなのですから、他の業界には、いくつものブルーオーシャンが広がっています。
――私たちは「IoT」とどう向き合っていけばいいのか、最後に伺います。
「IoT」という言葉が出てきて、現在は、経済学の用語でいう「ジェネラルパーパス・テクノロジー」(一般汎用技術)としてITが動き出した状態にあると思います。「ジェネラルパーパス・テクノロジー」とは、すべての産業に影響を与える技術のことです。これまでITは、一部の先端的なところに入っているにすぎませんでしたが、これからは本格的に社会に入り込んでいくわけです。
「インターネット」の影響力は、産業革命後の「鉄道」の影響力に似ています。ピーター・ドラッカーは鉄道が登場してから、郵便、新聞、銀行などが登場し、新しい産業形態に変わったと言っています。また、巨大な資金を必要とする鉄道ができたからウォール街が発達したという人もいます。さらに鉄道という巨大会社が生まれたから中間管理職が必要になり、ビジネススクールが生まれたという人もいます。
どこまでが真実かは微妙ですが、鉄道が社会に膨大な影響を与えたことは間違いありません。同様に、これからはインターネットが、社会にさまざまな影響を及ぼしていくわけです。ただし、インターネットが登場してきた時のような華やかさはありません。たとえば、土砂災害のモニタリングをして土砂災害の防止に努めたとしても、大半の人は気づかないでしょう。30年くらい経ってようやく、「そういえば、土砂くずれで死者がでなくなったね」と気づくわけです。このようなゆるやかな変化があらゆる業界で起こってくるのです。
――企業が持っているデータの価値自体も上がっていきますか。
それを象徴しているのが、去年の1月のグーグルの買収劇です。同社は、サーモスタットの会社を32億ドルで買収しました。1ドル120円で計算すれば3800億円です。サーモスタットをつくる技術自体は、それほど難しいものではありませんが、サーモスタットには、取りつけられた家庭の各部屋の電気の使用量などさまざまな情報が集まります。この情報が高く評価されたわけです。
このサーモスタット会社のデータの収集力の可能性については、実は私も目をつけており、いろいろな会社の方に「100億円くらいで買収すればどうですか」と勝手に勧めていたました。実際は、私も他の企業もサーモスタットの会社の買収に100億円は高すぎだと思い込んでいました。しかし、グーグルは3800億円の価値をつけたわけです。
データに高い価値がつくデータ駆動型社会一気に突入したのかもしれません。ここは強く意識しておいてください。
(構成/竹内三保子 撮影/三浦康史)