AI(人工知能)の技術的進展がもたらしたものの一つに「自動運転」がある。製品化に慎重だったトヨタ自動車が、2020年をめどに市販車を発売すると発表したことで、自動運転車の開発競争はより激しくなりそうだ。一方、自動運転技術の実現はライフスタイルから自動車産業までを変える破壊的イノベーションと危惧する声も強い。自動運転がもたらすインパクトについて、技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏に伺った。
世界中に「自動運転」開発競争を巻き起こしたアーバンチャレンジ
――「自動運転」が脚光を浴びていますが、いつ頃から研究が始まったのですか。
1950年代から始まっています。ただし、研究の方向性はいまとは違いました。当時は道路に誘導ケーブルを設置したり、磁石を敷くなど道路に自動運転のためのインフラをつくり、クルマはケーブルや磁石などに沿って走るという発想でした。日本では1990年代まで磁石の利用を目指しており、長野自動車道ができた時には、磁石を埋め込み、開業前に走行実験を行いました。

オートインサイト株式会社代表、技術ジャーナリスト・編集者
慶應義塾大学理工学部卒業後、日経BP社に入社。2004年に日本で初めての自動車エンジニア向け専門誌「日経Automotive Technology」の創刊に携わり、2013年12月まで編集長を務める。2014年に日経BP社を退社し、自動車技術・産業に関するコンテンツの編集・制作を専門とするオートインサイト株式会社を設立、代表に就任。日経BP未来研究所客員研究員。
現在のようにクルマ単独の技術での自動運転に開発のコンセプトが変わったきっかけは、米国国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)が実施したコンテストです。DARPAは、無人偵察機、無人爆撃機をはじめさまざまな無人兵器開発に取り組んでおり、無人軍用車両もその一つ。国防総省は「2015年までに軍事用地上車両の3分の1を無人化する」という目標を立てていました。
そこでDARPAは、広くアイデアを募るために、2004年から2007年にわたって3回のコンテストを実施したのです。一回目、二回目は砂漠での走行実験「グランドチャレンジ」、三回目は市街地での走行実験「アーバンチャレンジ」でした。カリフォルニア州の交通ルールに沿って、所定の場所で駐車やUターンなどの課題をクリアしながら無人で走行する大学などが開発した11台のクルマに世界の自動車メーカーは衝撃を受けました。この競技が、「道路のインフラ」ではなく「クルマ単独の技術」で自動運転を目指すという方向に転換するきっかけになりました。同時に道路のインフラが整うのを待つ必要がなくなったので、猛烈な開発競争が始まったわけです。
――自動運転の技術は、現時点でどこが最も進んでいるのでしょう。
現在、最も進んでいるといわれるのは米グーグルです。同社の開発メンバーの中心は「アーバンチャレンジ」で1位だったカーネギーメロン大学と2位だったスタンフォード大学の研究メンバーです。最大の強みは公道実験をしていることで、走行距離は、すでに70万マイル(約110万km)に達しています。それまで実験にはトヨタのプリウスやレクサスRXの改造車を使っていましたが、2014年には独自開発の自動運転車を公開しました。二人乗りで、アクセルもブレーキもハンドルもありません。それを100台製作して走行試験を始める予定です。
日本については、トヨタが比較的早く「アーバンチャレンジ」の翌年、2008年くらいには開発に取り組み始めました。おそらくグーグルが研究に取り組んだのと同じくらいの時期でしょう。技術的にはグーグルには決して劣らないと思いますが、公道実験を実施した距離の長さという点では、グーグルに一日の長があるかもしれません。

出所:グーグル https://googleblog.blogspot.jp/2014/05/just-press-go-designing-self-driving.html