英自転車チームの名指導者、サー・デイビッド・ブレイルスフォードへのインタビューをお届けする。MBA保持者の彼は、業務改善の手法をいかに自転車競技の世界に取り入れて成果を上げたのか。

 2002年にサー・デイビッド・ブレイルスフォードが、イギリスの自転車競技団体であるブリティッシュ・サイクリングの会長に就任した時、チームの成功実績は皆無に等しかった。何しろ過去76年間の歴史で獲得したのは、金メダル1つだけだったのだ。ところがサー・デイブの指揮下に入り、状況は一変する。

 2008年の北京オリンピックで彼のチームは、自転車競技のトラック部門全10種目のうち7つで金メダルを獲得。4年後のロンドンオリンピックでも同じ結果を残した。サー・デイブは現在、イギリス初のプロ自転車ロードレースチームであるチーム・スカイを率いており、ツール・ド・フランスの直近4大会のうち、3大会でイギリス人選手に優勝をもたらした。

 元プロ自転車選手でMBA取得者のサー・デイブは、「わずかな改善の積み重ね(marginal gains)」の理論を自転車競技に適用した。競技に必要とされるあらゆる要素を噛み砕いて分析し、各要素を1%改善すれば、その積み重ねによってパフォーマンスを劇的に向上できると考えたのだ。

 先頃サー・デイブと話す機会を得た私(HBRシニアエディター)は、自転車競技における彼の成功体験と、それが他分野のマネジャーに与える教訓について聞いた。以下、インタビューを編集したものをお届けする。

HBR:「わずかな改善の積み重ね」というアプローチについて、いくつか具体例を教えてください。

ブレイルスフォード(以下略):背景を少し説明しましょう。この取り組みを始めた当初、オリンピックの一番高い表彰台ははるか彼方に感じられました。金メダルを目指すなど、気の遠くなるような難題です。MBAの勉強を通して、私は「カイゼン」をはじめとする、プロセス改善の手法に興味を持っていました。そこで思いついたのです。大きくではなく小さく考え、わずかな改善の積み重ねによって継続的に進歩していく、という哲学を採用すべきだと。完璧さの追求はしないで、1歩ずつ前進することに努め、それらを総合して改善するのです。

 たとえば風洞試験を行い、空気力学に基づく小さな改善に取り組みました。チームが使うトラックの整備エリアを分析した時には、床にたまったほこりのせいで自転車の整備が無駄になっていると突き止めました。そこで床を白く塗り、汚れが目立つようにしたのです。

 また大会中の体調不良を防ぐため、医師を招いて選手に正しい手の洗い方を指導してもらいました。オリンピックの期間中は、握手も禁止です。食事についても厳密に管理しました。選手が毎晩同じ姿勢で眠れるように、専用のマットレスと枕を導入したりもしました。

 あらゆる面で小さな改善点を探したところ、無数の機会が見つかりました。それらの積み重ねが競争優位になるのだと、我々は実感してきたのです。

――そうした改善機会を見出すためのプロセスは、どんなものだったのですか。

 我々のやり方は、「表彰台への原則」と呼ぶ3つの柱で成り立っています。1つ目の柱は戦略です。2つ目は人のパフォーマンス。ここでは自転車をこぐこと自体ではなく、行動心理学や、最高のパフォーマンスを引き出す環境づくりについて考えました。3つ目の柱が継続的改善です。

 戦略について言えば、各大会で求められることを分析し、優勝するためには何が必要かをじっくり考えました。たとえば、優勝タイムを出せるスタートを切るのに必要なパワーはどのくらいか。各選手にはそのパワーを生み出す力がどの程度備わっているのか。こうした指標に沿って優れた選手たちを観察し、その時点での実力と目標レベルとの差を把握します。

 その差が克服できるものであれば対策を実施しますが、埋めようがなかったら非情に徹しなければなりません。辛い決断ですが、心を鬼にします。選手全員が表彰台に立てる宿命にあるとは限りませんし、我々は4位入賞には興味がないからです。

 それからブレーンストーミングを行い、選手たちがピークに達するにはどんな準備が必要かを分析しました。どんなトレーニングをすべきか、食事はどうすべきかなどです。ここで肝心なのは、継続性を持たせることです。我々は経験を通してそのことを学びました。

 興味深いことに、私がトラック競技のチームからツール・ド・フランスのチームに移った当初、改善はまったくうまくいきませんでした。最初の数レースは、期待を大きく下回る結果に終わりました。率直に現実に向き合ったところ、枝葉を見てばかりで幹を見ていないのだと気づきました。何から何まで改善しようとしすぎて、本質ではなく周辺の些細なことにまで気を取られていたのです。

 まず最重要の成功要因が何かを見極め、それらを中心に据えたうえで関連要素の改善をしていく必要があります。これは厳しい教訓でした。