消費者は購買やブランド認識の際に、他人の行動を観察する。この「ピア観察」は、消費者とブランドをつなぐ非常に重要な接点となる。私たちはしばしば「人のふり見て、買う物を決める」からだ。ピア観察をマーケティングに活用するための、4つの要諦を示す。
秋の英国、ある寒い晩のこと。クランフィールド大学スクール・オブ・マネジメントに所属する我々3人は、校内にあるバーで、数名のクライアントと一緒に過ごしていた。そこで筆者の1人、オーストラリア育ちのエマが、まったく予想外の行動をとった。テニスのウィンブルドン大会などでよく飲まれる夏の定番カクテル、ピムスを注文したのだ。
彼女はその選択が名案であると言葉にしたわけでも、クランフィールド大学のピムスを褒めたわけでもなく、ただ注文した。すると、その場にいた面々のほとんどが、すぐさま彼女に倣いピムスを注文したのである。
ビジネスの世界では、ネット・プロモーター・スコア(NPS)をはじめとする「仲間への推奨意図」を測る指標が非常に気にされる。それは当然のことであり、私たちの購買行動は「他の顧客の言葉」に大きく影響を受ける。だが、マーケターがそれほど気にせず測定もほとんどしない、さらなる影響力を持つタッチポイントがある。それは、消費者が「他の顧客の行動を観察する時」だ。
これを裏付ける確固たる証拠がある。最近我々は、北米と欧州の1万4000人を対象に、ある1週間、ブランドへのタッチポイントを分析した(英語論文)。各参加者には、携帯電話機、ソフトドリンク、ハイテク製品(ノートPC、デジタルカメラなど)、電気製品(ミキサー、食器洗浄機など)という4つのカテゴリーのいずれかに当てはまるブランドについて、期間中の体験を自己申告するよう求めた。データは、調査会社MESHエクスペリエンスが開発したリアルタイム・エクスペリエンス・トラッキング(RET)という手法を用いて、構造化テキストデータとして収集した(参加者は調査対象のブランドと接触するたびに、携帯電話からSMSで情報を送信)。
集められた6万9000のテキストメッセージをデータマイニングしたところ、次のことが明らかになった。「他の顧客の行動を観察すること」は、非常に当たり前の行為であるだけでなく、ブランドに対する消費者の見方を形成するうえで著しく重要だったのである。その影響力は、携帯電話機とソフトドリンクの場合にはクチコミに匹敵する。またハイテク製品と電気製品の場合には、クチコミを上回っていた(下図を参照)。総合的な結果として、この「ピア観察(peer observation)」は、企業が莫大な金額を費やしているブランド広告と肩を並べるほど影響力が大きかった。
この発見は偶然であったが、理にはかなっている。私たちは親の心得として、みずからの行動は言葉よりもはるかに重要だと教わってきた(これは、社会心理学では記述的規範〈descriptive norm〉というお馴染みの概念である)。たとえば、ロック・コンサートの会場でゴミがあちこちに捨てられていると、その状況に嫌悪感を表すものの、自分もこっそり仲間に加わってしまう。
最近ではこんな実験結果もある。人々が考える「自国が受け入れるべき移民の数」は、隣国の実績データに大きく影響されるという。心理学者でノーベル経済学賞受賞者でもあるダニエル・カーネマンの言う、「システム1思考」もこれに当てはまる。選択肢が多数あると、「他の人が使っている製品なら、きっとよいものなのだろう」と決め込み、吟味する手間を省いてしまうのだ。