世界的なデザイン企業IDEO(アイディオ)は、従業員のエンゲージメント(仕事・組織への意欲と愛着)をどう維持しているのか。同社人材部門のリーダーが、4つの原則を紹介する。


 我々IDEOの創業にまつわる物語は神話や伝説のようだが、事実である。デイビッド・ケリーは創業時に、いたってシンプルな目標を立てた。「親友しかいない職場をつくる」ことである。実際、彼はのちにIDEOとなる会社をシリコンバレーで立ち上げたとき、数人の最も親しい友人を迎え入れている。30年以上が過ぎたいま、当社は650人以上の従業員を擁するグローバルなデザイン企業となった。

 もちろん、友人だけを雇って現在の規模になったわけではない。しかし、創業時のデイビッドの意思はいまなお、我々の仕事の流儀として息づいている。事実、当社の文化における4つの要素は、デイビッドの設立趣意書をそのまま反映したものだ。これらは従業員のエンゲージメント(仕事・組織への意欲と愛着)を維持するために必要不可欠なものであり、当社に限らずあらゆる企業にとっても同様であると我々は考えている。

●遊びを可能にする

 仲間とともに遊べば、絆が強まるものだ。そしてリスクを恐れない姿勢が促され、新しい可能性について想像し合うようにもなる。

 組織は従業員に対し、実験が「許されている」だけでなく、「強く奨励されている」と認識させる必要がある。

 IDEOではそのために、アイデアを形にする作業に適した環境、資材、ツールを備えた「創造の場」をあちこちに設けている。すべての会議室には、ポストイットやマジックペンなどが入った「ブレーンストーミング・キット」が用意されており、会議の参加者がさまざまな方法で考えを表現してかまわないというメッセージが示されている。

 従業員は独自の作業環境をつくることも奨励されている。たとえば、私が勤めているニューヨークのオフィスでは、一人で電話ができるスペースとして「電話ボックス」を考案し、設置した。複数の電話ボックスはそれぞれ、ウッディ・アレンやロバート・デ・ニーロといった著名ニューヨーカーをテーマにデザインされている。また、来社した人々を案内する「ツアースポット」も設けている。従業員が何をつくり、何を重視しているかを知ってもらうためのエリアだ。

 そして我々は常に、ありきたりのものを魅力的なものに変える方法を見つけようと努力している。職場全体で共有するメールには、手の込んだアニメGIFを入れるのが慣例だ。それによってメールにストーリーを持たせ、コミュニティの構築と対話の活性化を促している。

●全社共通の目的が、拠点や事業ごとに最適化される

「デザインを通じ、ポジティブで比類なきインパクトを世界にもたらす」

 IDEOが掲げるこの目的は野心的である一方で、あえて曖昧さを残している。この言葉は当社の世界各地のスタジオで働く従業員を活気づけるかもしれないが、実際の仕事に落とし込むための説明としては十分ではない。どうすればポジティブで比類なきインパクトを与えられるのか。まず、何から始めればよいのか。自分の関心と情熱はIDEOのそれと合致しているのか。こうしたことは明示されていない。

 したがって各拠点には、IDEOの目的をそれぞれのマーケットやスタジオに合わせて最適化することが求められている。たとえば中国では、「構造的な課題に取り組む優れたリーダーを支援することで、中国に新たな価値を創出する」といったものになるかもしれない。また英国ロンドンならば、「組織を支援することで、その組織が人々への約束を果たし、約束以上のものを提供できるようにする」ことかもしれない。米国サンフランシスコのような大規模なオフィスでは、部門ごとに独自の目的を掲げる場合もある。たとえば食品・飲料部門なら、「料理と科学の間に橋を架けることで、世界の食糧問題を解決する」といった具合である。

 IDEO全体の目的が拠点や事業部で独自に調整されることで、従業員は自分のスキルに最も適した仕事を見つけやすくなる。そして、組織のなかで最も意欲を高め成功できる場所を見つけることも可能になる。

●7つの価値観に基づく社会契約

Little Book of IDEO なるものを耳にしたことがある人もいるかもしれない。我々が共有する7つの価値観を説明したものだ。楽観的であれ、協働せよ、失敗から学べ、曖昧さを歓迎せよ、口よりも手を動かせ、当事者意識を持て、他者の成功を助けよ。これらの価値観に基づく行動が、我々の社会契約(組織における権利と義務に関する同意)を形成している。このおかげで、チームは上司の監督・管理をさほど必要とせず自律的に動けるだけでなく、成功とはどういうものかを理解しやすくなる。さらに、これらの価値観は従業員の育成においても非常に有益だ。当社が採用する従業員は、仕事のスキルに関して苦労することはほとんどないが、上記の価値観の実践には時にサポートを必要とする。

●ボトムアップ型のイノベーション

 IDEOでは、トップダウン型の命令系統はあまりうまく機能しない。我々の経験から言えば、最良の新規アイデアや組織能力はしばしば個人のエネルギーと信念から生まれる。当社で最も急成長している事業分野の1つである教育もそうだ。この仕事を率いるIDEOのマネージングディレクター、サンディ・スパイカーは、23名からなるチームを育て、世界中でプロジェクトを進めている。その原動力は教育に対するサンディの情熱であり、IDEOも教育を重視すべきだというその信念だ。

 リーダーが新しいプロジェクトを始めるときは必ず、その根底にあるニーズをチームに説明し、望ましい成果について明確なイメージを持ってもらう。そうすれば、メンバーは共通の目標に向けて整合的に取り組める。トップダウンではなくチームがみずから生み出せる戦略こそが、最良の戦略なのだ。

 優れた人材の獲得と維持が困難な世界において、企業が成功するためには、従業員のエンゲージメントを高め、幸福感と充実感を与えなくてはならない。そのための特効薬は存在しない。しかしIDEOがそれを実現するうえで、上に述べた4つの原則は大いに役立っている。


HBR.ORG原文:IDEO’s Employee Engagement Formula December 18, 2015

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デュエイン・ブレイ(Duane Bray)
IDEOのパートナー。人材部門のグローバルヘッド。