今日では、スキルや戦略は早々に陳腐化する。個人も組織も、時代に取り残されることを日々恐れている。この不安を取り除く方法はあるだろうか。本記事は、「まずは思考習慣を変えること」を勧める。
見逃している方もいるかもしれないが、「FOMO」(フォーモー)は現在、公式の英語となっている。“Fear of Missing Out”(取り残される恐怖)の略語で、オックスフォード辞典にも掲載されている。その説明には、「楽しいことや面白いことが、どこか他の場所で起きているのではないかという不安。主にソーシャルメディアでの投稿によって助長される」とある。
いまや物事はかつてなく急速に変化しているため、FOMOは現代人につきものの悩みといえよう。だが、そこにはもっと根本的な恐怖心が潜んでいると私は考えている。それは時代遅れになることへの恐怖だ。取り残されることに対する恐れは、時代についていけず置いていかれることへの恐れと通じているのだ。
個々人のレベルでは、キャリアで後れを取ることへの恐れがある。リサーチアドバイザリー会社のオックスフォード・エコノミクスが実施した最近のアンケート調査によれば、従業員の最大の心配事は、「仕事における自分の立場が変わる、もしくは時代遅れになること」だという。回答者の半数は、自身の現在のスキルが3年後には必要なくなっているだろうと考えている。
この恐怖心は、経営幹部にも広まっている。アドビの調査によれば、回答した米国のマーケティング担当幹部の40%が、自身の能力を再開発する必要性を感じているが、その方法がわかっていると答えたのはわずか14%であった。
そして企業のレベルでは、業界の破壊的変化や自社の競争力喪失を恐れている。IMDの2015年のアンケート調査によると、回答したビジネスリーダーたちは、各々の業界における上位10社のうち約4社が、デジタルによる破壊的変化を受け、5年後には10位から脱落しているだろうと考えている。
このように会社やキャリアをめぐる不安について言う場合には、「FOMO」ではなく「FOBO」を使うべきではないだろうか。“Fear of Becoming Obsolete”――つまり「時代遅れになる恐怖」だ。その定義は、「世界の変化があまりに速いため、自分のキャリアや会社が取り残されるのではないかという不安」といったところだろう。
心配が生じるのも無理はない。S&P500銘柄企業の寿命は、1958年には61年であったが、現在は18年まで短くなっている(2012年時点)。ITアドバイザリー企業ガートナーの予測では、2025年までに、現在の仕事の3分の1はソフトウェアやロボットやスマートマシンに取って替わられるという。生産性は向上し続けているが、雇用と所得はそれに追いついていない。
人類は過去にも大きな変化を経てきたが、そのスピードはもっと緩やかであった。100年前には、農業経済から工業経済への変遷は数十年を要した。いまでは、キャリアや事業戦略は数年のうちに使い物にならなくなることもある。
では、陳腐化を避けるためには何を「する」べきだろうか。これは引っかけ問題だ。行動を改めても、FOBOは払拭できない。まずは考え方を改めるべきである。それをしないままに行動だけを変えても、得られるものはたいして変わらない。だが考え方を変えれば、おのずと行動も変わる。したがって真に問うべきは、「陳腐化を避けるにはどのように考えるべきか」である。
大々的な変化が進む時代に廃れゆくのは、スキルやツールや慣行だけではない。もっと根本的な問題として、私たちの思考モデルが時代遅れとなり、役に立たなくなり、誤りや明らかな危険につながるのだ。