●計画を立てる

 最初のステップは、知識の継承を「誰に」「どうやって」「どんなスケジュールで」行うかを計画することだ。交渉の余地がある場合には、退職者に数ヵ月の猶予をくれるよう頼むとよい。そうすれば、ふさわしい後任者を社内や社外から見つけて採用するための時間を確保できる。難しいかもしれないが、時間をできる限り稼ぐのだ。

 そのうえで、退職する社員と協力し合い、後任者に伝えるべき情報の範囲を決める。「辞める社員が持つ専門知識のうち、共有や文書化がされていないものはどれかを考えましょう」(レナード)。この情報があれば、チームや後任者の学習計画を考える際に役立つ。ここで留意すべきは、「明確に説明しにくい知識ほど、引き継ぎに時間がかかる」ということだ。

●退職予定者のモチベーションを高める

 次のステップは、退職する社員に知識共有への意欲を持たせることだ。社員が会社に大きな不満を抱えている場合、これは困難かもしれないとレナードは認める。実際のところ、協力を仰ぐのはほぼ不可能なこともある。

「でも、ただ何となく気が乗らないという様子であれば、その理由を突き止める必要があります」(レナード)。謙虚さのため、あるいは自分の専門知識に気づいていないため、ということもありうる。「ただ自分はこのやり方をしているだけ」(共有には値しない)と思っているかもしれないし、自分の知識を他人にどう教えていいかわからないのかもしれない。このような場合、マネジャーの役目は「知識を系統立てて引き継げるようサポートすること」である。

●見習い期間を設ける

 引き継ぎ期間が数ヵ月ある場合、学習のためのアクションプランを入念に策定するようレナードは勧める。高いスキルと豊富な経験知を兼ね備えた退職予定者と、1人または複数の後任者をペアにする。そうすることで、熟練者の仕事ぶりを実際に観察し、新しいスキルを学んで実践し、その成果に対するフィードバックを受けられるようにする。

 これを「見習い集中コース」と考えるとよい。後任者は熟練者の電話会議に同席してクライアントへの売り込み方に耳を傾けるのもよいし、会議に同行して他部署の同僚から意見を引き出す様子を観察してもよい。こうして一定期間近くで学習させたら、後任者にさまざまな「小さな経験」を積ませるために、小規模な仕事を任せる。「人間は、チェックリストや座学からは深く学べません。実践を通じて学ぶのです」(レナード)

●チーム学習を重視する

 時間が足りなくて後任者が決まっていない場合はどうすべきか。レナードが勧める方法は、退職する社員を招いて会議を設け、在職中に「問題をどう解決し、危機をどう乗り越えてきたのかをチームに話してもらう」ことだ。この「探索的Q&Aセッション」は、有能なファシリテーターが舵取りをしなければならない。目標は、去りゆく熟練者の思考プロセスを明らかにし、チームメンバーが情報を吸収できるようにサポートすることだ。

 よい質問の例として、「その意思決定をする前に、誰に相談したのか」「他にどんな選択肢を考えたのか」などがある。「系統立てて、細部もおろそかにせず質疑応答をすれば、特定のパターンが明らかになります」(レナード)。最も効果的に知識を引き継ぐためには、会話が必要なのだ。

 またサリバンが勧めるのは、熟練者に知識の学習法を訊くことだ。どんな本を読み、どんなウェブサイトを見て、誰と話をしているのかを尋ねるとよい。その目的は、残るチームメンバーの学習を加速させることにある。変化の激しい世の中で重要なのは、新しいことをどう学ぶか、なのだ。

●対象を絞って文書化する

 退職する社員に何ページにもわたる「仕事のやり方マニュアル」をつくらせる引き継ぎ方法を、サリバンは疑問視している。彼らはそんな面倒なことをしたくないうえに、たとえ文書化しても誰も読まないことが多いからだ。とはいえ、対象を絞って記録を残すことは有益である。レナードの勧めによれば、熟練者に学んでいる後任者やチームメンバーが「学習記録」をつけておき、後々それをデータベース化できるようにしておくとよい。

●退職者との関係性を継続する

 去りゆくスター社員の専門知識を留める最良の方法は、彼らとの関係性を維持することだ。退職後も何かを尋ねたり、コンサルタントとして関わってもらったりする機会もありうる。あるいはいつの日か、再雇用することになるかもしれない。

「退職管理のプロセスは、好ましい雰囲気の中で進めるべき」だとサリバンは指摘する。たとえ将来一緒に働くことがなくても、退職者には自社ブランドの親善大使となってもらい、仕事や人材を紹介してもらえるからだ。「退職者を裏切り者扱いしてはいけません。『仲間として愛着を感じており、これからも連絡を取り合いたい』という意図を伝えるのです。退職は出口ではなく、次の段階の始まりです」(サリバン)。レナードもこの点には同意する。「退職者は、かつての職場のことをよく思っていたいものです」

●今後に備え、知識継承の体制を整える

 熟練者から後任者への知識継承を定期的に行うツールやシステムが、社内に日頃から構築されていれば、退職管理のプロセスはより円滑に進む。そうすれば、社員が不慮の事故でいなくなっても、会社が窮地に陥ることはないとレナードは言う。サリバンも、先述したような集中研修は退職時に限る必要はないとする。

 マネジャーは、経験の浅い社員と熟練者が一緒に仕事をする機会を常に設けておこう。非熟練者の目標は、先輩社員の仕事のやり方を学ぶこと。熟練者の目標はメンターになることで、これはリーダーシップ能力の育成の一環となる。

 もちろん熟練者の中には、「自分を余人に代えがたい存在だと思わせるために、仕事のやり方を人に教えたがらない」者もいる。しかし、自組織固有の知識を特定の社員に独占させておくわけにはいかない。これを避けるには、部下の育成とコーチングを、昇進の要件や段階的退職制度のインセンティブに組み込む必要がある。「退職する社員には、自分の後釜を育て上げたことを証明させるべきです」(サリバン)

覚えておくべき原則

【やるべきこと】
●経験の浅い社員に、熟練者の仕事を直接観察する機会を与える。
●チームメンバーには熟練者から学んだことを記録させる。さらに重要なこととして、新たに学んだスキルや行動を実践させる。
●熟練者を在職中から後任候補者のメンターとなるよう促すために、昇進要件に部下の育成とコーチングを組み込む。

【やってはいけないこと】
●パニックを起こしてはならない。知識継承の範囲とスケジュールを見極め、どんな方法が最善かを考える。
●去りゆく熟練者に長々としたハウツーマニュアルを書かせてはならない。その代わりに、過去に問題をどう解決してきたかをメンバーに話してもらう。
●去りゆく人を裏切り者扱いしてはならない。退職管理の期間中に、その社員に敬意を示す。