事例1:実現可能なスケジュールを決め、柔軟に進行
ジュリー・ラベンダーは、フォード・モーターで人事関係および従業員ポリシー部門のディレクターを務めている。勤続30年近くのマリアという有能な社員から、退職の意を告げられた際、ジュリーは動揺した。
「一瞬、パニックに陥りました」とジュリーは振り返る。「マリアは複雑な仕事をこなしていました。政府との契約やコンプライアンス関連の問題に携わっており、物事を細部まで掘り下げる能力に長けていました。さらに、大勢の重要なステークホルダーと関わっていたので、その繋がりを失うのは一大事でした」
マリアはジュリーの承諾を得て、フォードの段階的退職制度に申請した。退職予定者がフルタイムの給与で半年間パートタイム社員として働ける制度であり、申請は受理された。「とても助かり、私の肩の荷は下りました。その期間中、マリアが後任者を徹底的に教育してくれることになったのです」
ジュリーはすぐに、ケリーをマリアの後任者に指名した。マリアは最初の3ヵ月間をフルタイムで働いた後、残りの3ヵ月間は有給休暇を取ることを選んだ。ところがタイミングが悪かった。昇進を控えたケリーは、労働組合との交渉に予想以上の時間がかかっていたからだ。
スケジュールの問題を考慮したマリアは、休暇の一部を前倒しして、ケリーと一緒に働ける時間を確保すると申し出てくれた。「マリアがとても柔軟に対応してくれたおかげで、関係者全員にとって引き継ぎがポジティブな経験になったのです」
ジュリーの監督のもと、ケリーとマリアは緊密に連携しながら引き継ぎ作業に取りかかった。フォードが導入している知識継承ツールを使い、マリアはケリーのために引き継ぎ書を作成。今後必要となるであろうアクセスコード、レポートの作成法、そして社内外の関係者の名前と連絡先を詳細に記録したものだ。
「さらにマリアは、ケリーと重要なステークホルダーたちを招いて複数の会議を設けました。ケリーを彼らに紹介し、どんな課題があるかを説明する場としたのです。タイミングの関係で、ケリーはそれらの会議を主導することはありませんでしたが、それでも理想的に進みました」
この退職管理期間でのジュリーの目標は、「マリアに、そして会社のために彼女が尽くしてきたことすべてに、敬意を表すこと」、そしてケリーをサポートすることだった。「あなたならできる、という信頼を伝えようとしました」
マリアの有給休暇は12月に終わった。部署の持ち寄りパーティーに来た彼女は、ノートパソコンと会社のカードキーを返却。「質問があったら、いつでも電話して」と申し出たという。
事例2:同僚と後任者のために「ストーリー共有の会」を実施
タマール・エルカレスは、モバイルアプリ専用検索エンジンを提供するクイクシー(Quixey)の最高人材責任者だ。彼女は、「オフボード(組織から離れさせる)という表現は嫌いです」と語る。不適切に感じるからだ。「社員は会社にとって一番の財産ですが、この言葉には軽蔑的な響きがあります。去る理由が転職であろうと、定年や他の理由であろうと、退職管理は次のステージへの移行を支援するものであるべきです」
エルカレスは前職で、ベンチャーを起業するために退職を決めたボブ(仮名)の「移行プロセス」を取り仕切った。ボブはマーケティング部の部長であるだけでなく、その部署を一からつくり上げた人物だった。したがって誰もが、彼の専門知識が失われることを危惧した。
マーケティングチームが素早く引き継ぎできるよう、エルカレスは集中的な「ストーリー共有の会」を何度も開催した。ボブが手がけた広告キャンペーンや過去の取り組みについて、チームが「インタビュー」をする場だ。「誰もがボブの仕事に多大な敬意を抱いていたので、彼を称えたかったのです。と同時に、その知識を引き継ぐためです」。ストーリー共有の会は毎回30分~40分ほどで、毎週十数回、2ヵ月にわたり行われた。彼女がファシリテーターを務めながら、他の参加者に積極的な質問を促した。
「たとえばこんな質問ができます。『このキャンペーンのメッセージングについて教えてください。なぜこの販促用品を選んだのですか。このロゴの色はどうやって選んだのですか。なぜこの広告代理店を使ったのでしょうか』。意思決定の裏にあるボブの思考を、皆に理解してほしかったのです」(エルカレス)
各セッションの後には、参加者の1人に「ストーリーの要点」を数段落にまとめてもらい、他のメンバーにメールで送らせた。ボブのストーリーは現在、新規採用者の研修でも使われている。彼が会社を去った後も、彼の経験と専門知識はこうして全員の役に立っているのだ。
HBR.ORG原文:The Right Way to Off-Board a Departing Employee January 15, 2016
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レベッカ・ナイト(Rebecca Knight)
ボストンを拠点とするジャーナリストで、ウェズリアン大学講師。ニューヨーク・タイムズ紙やUSAトゥデイ紙、フィナンシャル・タイムズ紙にも記事を寄稿している。