イノベーション・リーダーとなるためのCIOの使命(2)

2.簡素化とマルチスピード化により「まやかしのイノベーション」の悪循環を断ち切る

新しいアイデアを実践に移す俊敏性がIT組織とテクノロジー環境になければ、テクノロジー・イノベーションを活用したビジネス・イノベーションの実現は困難を極めるでしょう4。アクセンチュアが世界1200人以上の経営幹部およびIT担当役員を対象に実施した調査3のなかで、回答者の90%がテクノロジー・イノベーションを活用したビジネス・イノベーションは自社の成長と生き残りにおいて不可欠であると認識しています。

一方で、わずか57%が、自社がテクノロジー・イノベーションのアーリー・アダプターになる能力を持つと考えています。この乖離は、自社のテクノロジー・ケイパビリティへの自信の低さの表れであり、CIOがイノベーション推進においてこれまで以上に大きな役割を担う必要があることを示しています。

しかしながらCIOには、厳しい現実が突きつけられています。大多数の企業では、これまで事業・業務の各部門が、個別のニーズと優先づけのルールに基づいて独自システムの導入やテクノロジーの採用を行ってきたため、企業全体のテクノロジー環境が多層にわたり複雑化しています。CIOが通常業務の安定性維持という目の前の任務に追われるあまり、通常業務の枠組みを超えたイノベーション活動において自身の資質を立証することが困難になっています。

その結果ほとんどの経営幹部は、自社のIT組織が革新的でありイノベーションの加速要因になるとは考えていません。むしろIT組織のスピードがあまりに遅く、自社のイノベーション・ニーズに対応できないばかりか減速要因になるという懸念を抱いています。実際に、調査対象の経営幹部の61%が自社のIT組織とテクノロジー環境は俊敏さを欠いていると回答しています。

加えて、デジタル化の浸透に伴い増大する計画的あるいは無計画なサイバー攻撃の脅威により、経営幹部が最新のテクノロジーを活用したビジネス・イノベーションの取り組みに躊躇する状況が生まれています。自社のテクノロジー環境における「イノベーション・リスク」対応のための投資と「イノベーション・リターン」実現のための投資のバランスは継続的に保たれているかとの問いに対して、保たれていると回答した経営幹部はわずか38%に留まりました5

このような複雑かつリターンとリスクのトレードオフ管理が不十分なテクノロジー環境下では、IT組織がイノベーション活動に取り組むための予算と人材を投入できたとしても、ビジネスが目指すゴールから大きくずれた結果に終わってしまうことになります。人材が費やした時間と努力は無駄になり、企業としては貴重な時間と経営資源を「まやかしのイノベーション」のために浪費しただけということになってしまいます。

そればかりか、浪費の産物として、当初のゴールとの整合性が低く、ITベンダー含む開発者側の制約や都合ありきでつくり込まれたシステムが新たに導入され、企業のテクノロジー環境の複雑さとリスクを増大させます

こうした「まやかしのイノベーション」の悪循環が、自社のIT組織とテクノロジー環境に対する経営幹部のさらなる信頼低下と自信喪失に拍車をかけることになるのです。 こうした悪循環を断ち切るためには、段階的かつ着実な投資により自社のテクノロジー環境(アーキテクチャ、オペレーティングモデル、現場オペレーション)を簡素化する必要があります。そして簡素化によってもたらされるコスト削減効果を自己資金とし、一般的なITベスト・プラクティスの発想に囚われない革新的な働き方をIT組織内に確立することで、旧来モノスピードなIT組織を市場ニーズの変化に俊敏かつ適切なスピードで対応できるマルチスピード型組織に転換させる必要があります。

テクノロジー環境が簡素化されIT組織のマルチスピード化が実現すれば、企業はテクノロジー側の制約やリスクに囚われることなくビジネスとして目指す本来のゴールに合致した「本物のイノベーション」を追求することができます。「まやかしのイノベーション」の悪循環を断ち切ることで、CIOは初めてテクノロジー・イノベーションがいかに全社規模のビジネス・イノベーションに貢献できるかについて、他の経営幹部と同じテーブルの上で議論する権利を獲得することができるのです。

出典

3 In 2015, Accenture Strategy surveyed executives around the world on a variety of topics related to multi-speed business and IT, business resilience, technology led innovation and the digital agenda

4 Accenture Strategy research on the intersection of business and technology, 2015

5 Accenture Strategy research on the intersection of business and technology, 2015