イノベーション・リーダーとなるためのCIOの使命(1)
CIOが企業におけるイノベーション・リーダーの称号を勝ち取るためには、3つの大きな使命を成し遂げる必要があります。
1.ビジネス・イノベーションを加速させるための「テクノロジー戦略」を磨く
イノベーションの取り組みは趣味とは違って好きな時に始めて都合が悪くなったらやめるというものではありません。CIOは、これまで自身のIT組織が、サービスを適切な品質・コスト・スピードで安定的かつ継続的に提供できるようになるための「IT戦略」を策定し、その実行に必要となるケイパビリティを構築してきました。今後は企業の各組織が「どのようなテクノロジー・イノベーションを活用して、どのようなビジネス・イノベーションを狙うのか」を継続的に見直し実践に移すための「テクノロジー戦略」を策定し、その実行に必要となるケイパビリティを構築する必要があります。
直属のIT組織に対しては、先端テクノロジーとそれが自社および業界全体にもたらしうる破壊的な影響力について検証するための「実験環境」を提供することが必要となります。事業側の組織に対しては、新たなデジタルビジネス市場や製品・サービス投入の機会を検証するための「イノベーション・プラットフォーム」を提供することが必要となります。また、初期構想から、実際の市場での実験と学習の繰り返しを経て新製品・サービスを形づくる一連のステップにおいて、ITを含む企業の各組織が密に協働できる「イノベーション・プロセス」を確立する必要があります。
イノベーション・リーダーとなるにふさわしいCIOは、個々の企業におけるビジネス・イノベーションの定義と目的の広さは多様であること、それに伴い活用すべき新旧テクノロジーも多岐にわたることを理解する必要があります。たとえば、最新のテクノロジーを活用して新たな市場やデジタル製品をつくり出す目的のビジネス・イノベーションは、既存のテクノロジー・ソリューションのモデル・チェンジで既存製品やサービス、オペレーションを漸進的に高度化しようとすることとはまったくの別物です。
企業がテクノロジーを活用して将来性のある製品・サービスやビジネスモデルを創出するためには、最新の業界およびテクノロジー・イノベーションの動向について確固たる見識と自社のスタンスを持ち、さまざまな情報源、ときにはいままでにはない情報源からアイデアを集め、そこから業界構造を大きく変えうるテクノロジーは何かについての洞察を引き出す必要があります。
現在、こうした洞察はクラウドソース先のベンチャー企業やブロガー、ベンチャーキャピタリスト、またはシリコンバレーやロンドンのテックシティ、テルアビブ、バンガロール、北京などにある研究開発機関などによって生み出されています。イノベーション・リーダーとなるにふさわしいCIOは、最新のテクノロジー・イノベーションによるビジネス・イノベーションの可能性や、それが企業の将来にどのような影響を及ぼすかを見極めるために、従来の発想や業界の前提に囚われない論点を自身と組織に投げかける必要があります。こうした論点の抽出には、バリューチェーン・ディスラプション・アナリシスなどの新しい分析手法の活用が有効です。
イノベーション・リーダーとなるにふさわしいCIOは、イノベーション・プロセスとプラットフォームを提供することで、企業が市場と顧客ニーズの変化に対して、自社ロードマップに基づき既存製品・サービスの機能拡張で対応するといった、従来の「多機能の断続的進化」型の商品企画・開発アプローチからの脱却を促す必要があります。具体的には、顧客の潜在ニーズに対する製品・サービスの仮説をミニマム・バイアブル・プロダクトとして形づくり、実際の市場において実験・学習・改良のサイクルを素早く繰り返すことで進化させる「ベアミニマムの継続的進化」型アプローチへとシフトさせる必要があります。テクノロジー・イノベーションはこうした商品企画・開発アプローチのモデルシフトを可能にします。
たとえば、クラウドテクノロジーは、無限の処理能力を持ったIT環境をリアルタイムで調達することを可能にします。3Dプリンターやクラウドソーシングは、企業がアイデアの試作品(プロトタイプ)を素早く作成するうえでの新たな代替オプションを提供します。APIは新たな情報源への効率的かつ迅速なアクセスを可能にします。ソフトウエア仮想化技術は、実際のサービスのシミュレーションを可能にします。そして、部門・企業・地域をまたがった協働を可能にするコラボレーション・テクノロジーと継続的デリバリー手法は、これまでにないスピードでの新製品・サービスの市場投入を可能にします。
ビジネスの俊敏性を確保するためには、イノベーションの目的と収益化までの期間の両視点から常にバランスの取れたイノベーション・アイデアのポートフォリオを維持する必要があります。ポートフォリオ管理により、企業は不確実性と収益化までの時間が異なるアイデア群に対して、アイデアの成熟度に応じた経営資源の配分・再配分や、将来性の低いアイデアの切り捨てと新しいアイデアへの注力のシフトといった意思決定を機動的に行うことができるようになります。
CIOはポートフォリオ管理を支えるツールを提供することで、アイデアの創出から開発・市場展開に至る一連の過程への透明性を確保することが可能になり、これまでのように事業部門による新製品・サービスの市場投入の決定を事後的に把握し、それを受けて間際での対応に追われるのではなく、常に企業のイノベーション・ライフサイクルの中心に立ち先行的な対応を取ることができるのです。