それぞれが絵に込めた想いとは
さて、それぞれのプロセスを経て完成した絵には、どんな想いが込められているのでしょうか。
全員が描き終えた後には、まずそれぞれの絵に印象を寄せ合って、最後に本人が絵に込めた想いを解説する時間が用意されています。40分間も口を閉ざしていた3人は、止めていた息を吐き出すように、雄弁に語り始めました。
まずは西川さん。絵に寄せられたのは「集大成」「とめどなくあふれる噴水」「リオのパレード」「思わせぶり」というイメージでした。
「とにかく“良い流れ”をつくりたいという思いがあります。仕事はもちろん、夫婦関係も含めて、どうすればうまく物事が流れていくのか。理想的な流れを、この絵に込めたつもりです」
西川さんが日常的に扱っている建材は寒色が多く、建築の図面は、モノクロで鋭角なものが多いと言います。
「だからせめて今日は、できる限り自分の内面を鮮やかに表現してみたくて、明るい色が多くなりました。タイトルは『流れ』です」
次に、文英さんの作品に移ります。寄せられたイメージは、「迷いと夢」「向上心」「もしかしたら大化けするかもしれない未来」というもの。
「真ん中を貫く右肩上がりの一本の線は、私の“志”です。その志を軸にして、いろんな人に影響を与えることで世界を良くしていきたい。その過程で出会う人々との『調和』をイメージして螺旋を描きました」
文英さんの絵は、描く過程でどんどん印象が変わっていきました。その理由が、ご本人から説明されます。
「周囲の人に影響を与える意味を込めた色は、黄色でした。でも、どうもぼやけて見えてしまう。もっと色濃くしっかりと皆様に想いを伝えなければいけないと思い、色を足していきました。さらに、描いているうちに、志は1つじゃ足りないんじゃないかという思いが生まれたんです。だからまっすぐな線を3本にしてみた。でも、何か真面目な印象だったんです。ちょっと遊び心がほしいと思って、ピンクを入れてみました」
「いつもそばにいるからね。そういうもやもやした迷いが手にとるように伝わってくるよ」と小田社長。そう言われてしまった文英さんは苦笑いするしかありません。
「まさに、絵を描く過程は、迷いと実行の連続でした。だからタイトルは『試行錯誤』です」
ちなみに「もしかしたら大化けするかもしれない未来」という感想を寄せたのは西川さんです。小田社長よりも客観的に絵を見た西川さんが、迷いの先に「大化け」を予感していることが、とても印象的でした。
最後は小田社長の番です。周囲から「お菓子のパッケージ」「今を生きる」「信念」「仏壇」というイメージが寄せられると、「その通りですよ。身内は怖いなぁ」と小田社長。自らが込めた想いを、見事に言い当てられたようです。
「まさに“今”を1枚の絵に収めたいと思ったんですよ。だからまず、今起きていることや、今の自分を作っているものを書き出しました」
今日の新聞を読んでいた理由は、今起きている出来事を絵に刻み込むためだったようです。
「この絵には、私が大切にしている従業員の『手』、3日前に発売した新商品のパッケージ、うちの主力商品『マルセイバターサンド』の赤、今日が祥月命日である母の位牌、昨日北朝鮮が打ち上げたロケットを盛り込みました。言葉で考えることには慣れていましたが、絵を描くプロセスは、別の視点から自分の思考が整理されていく感覚がありましたね。何年か後に、またやってみたいなあ」
この取材を終えた後、六花亭製菓株式会社の社長交代が発表されました。21年過ごした社長という役割を終える直前に小田さんがこの絵を描かれたと思うと感慨深いものがあります。この時、小田前社長がこの絵に込めた「今」の思いは、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー6月号をあわせてお読みいただくと、より深く理解できると思います。ぜひご覧ください。

左から文英さん、小田さん、西川さんの描いた絵