一心に、ただ一心に
そんなヤマトグループのみなさんが臨むこのワークショップは、もともと「絵はもっと自由に描いていい」という思いを伝えようと、子ども向けに考案されたプログラムです。今では、企業向けプログラムにアレンジした「Vision Forest」という組織変革アプローチとして発展しています。
プログラムを共同で提供するのは、アート教育の企画・運営やアーティストのマネジメントを行う株式会社ホワイトシップと、ビジネスコンサルティングサービスの株式会社シグマクシスです。本誌の連載「リーダーは『描く』」では、両社の全面協力のもと実際にワークショップを実施し、その様子を記事化しています。

絵を鑑賞する5人。
ワークショップは、ホワイトシップのアーティスト谷澤邦彦さん(kuniさん)が描いた絵の鑑賞に移りました。同じ絵を見ていたというのに、5人が挙げたイメージはバラバラでした。kuniさんはその点についてこう語ります。
「同じものを見ても、人によってまったく違う感じ方をすることがわかっていただけたと思います。鑑賞の『鑑』の字は、『かがみ』という文字です。つまり、自分の心を写し出すということ。心は変化するので、今日はこう感じても、明日は違うかもしれません。だから、鑑賞は絵の上手い、下手という評価を下すことではないのです」
上手い、下手ではない。kuniさんは、絵を描くことにもあてはまるといいます。
「絵を描くのは久しぶり」
「絵心がない」
そう口を揃える参加者に、kuniさんは励ましの言葉を贈ります。
「楽しみながら、そして苦しみながら、諦めず、そして投げ出さず、描く時間を過ごしてみてください」
ワークショップで参加者が描くテーマは「働くうえで大切にしていること」です。
配布されたワークシートにそれぞれの仕事に対する思いを書き込んだ5人は、12色の画用紙から好みの色を選び、画材のパステルとそれを画用紙にこすりつけるための指だけを頼りに、いよいよ描く時間に入っていきます。
赤色の画用紙を選んだ木川さんは、すぐにパステルを走らせていきます。ためらいのないその姿を見ると、すでに明確なイメージを持っているように思えます。オレンジ色を選んだ藤野さん、水色を選んだ釘宮さんも、木川さんに続くようにすらすらと画用紙に描き込んでいきます。
しかし、黄色を選んだ金さんとピンク色を選んだ朱さんは、しばらくの間動きが止まっています。頭の中でイメージを膨らませているのか、あるいは描く工程のシミュレーションでもしているのでしょうか。
描き始めてから20分ほど経ったころ、開始から一心不乱に描いていた木川さんのパステルと指の勢いが止まりました。しばらく絵を見ながら考え込み、パステルと指を動かし始めたと思ったらすぐに手を止めて考える。それ以後は、その繰り返しで描き続けていきました。いったい、どのような心境の変化があったのでしょうか。
一方、ほかの4人の参加者は「描いている最中は私語禁止です」と言われたわけではないのに、誰ひとりとして口を開く人はいません。描くときの姿勢も最初からまったく崩れることなく、ただひたすら画用紙に向き合って真剣に描き続けています。
集中力は木川さんも同じです。ゆったりとリラックスした姿勢、柔和な表情、それでいてのめり込むように没頭する姿。同行した広報戦略担当の鈴木茜さんはこう言います。
「会長は、仕事や会議の場面では厳しい表情もされますが、普段はとても穏やかな人なんです」
木川さんの姿を見ていたスタッフは、その様子を「上品」と表現していました。
描き始めてからおよそ45分後、みなさんの絵が完成しました。スタッフがそれぞれの絵を額に入れて戻すと、どよめきが起こりました。
「おお!」
「すごいなあ」
額に入れたことで、絵が違った顔を見せたからです。
5人は、どのような絵を描いたのでしょうか。そしてその絵には、いったいどのような思いが込められているのでしょうか。ワークショップは、それぞれの絵についてお互いに鑑賞し、自分の絵について語るプロセスに移っていきます。