「破壊的イノベーションは既存市場のローエンドで起きる」というのが従来の破壊理論だった。しかし20年後のいま、クリステンセン教授がHBR誌で破壊の定義を更新し、ローエンドだけでなく「未開市場」でも起きるとした。その考え方と事例を、ハーバード・ビジネススクールの研究員が解説する。
この数年、「破壊的イノベーション」という言葉が取沙汰されることが増えている。そしてクレイトン・クリステンセン教授までもがそこに加わり、用語の意味を改めて解説している(本誌2016年9月号「破壊的イノベーション理論:発展の軌跡」を参照)。
「破壊的イノベーション」の使われ方はさまざまとはいえ、次の3点についてはおおむね衆目の一致するところであろう。
1.顧客にとってより安価である
2.流通面や使い勝手において、よりアクセス(入手・利用)しやすい
3.既存のソリューションと比べ、コスト構造が有利なビジネスモデルを用いている
これら破壊の特徴は重要である。この3つを兼ね備えたイノベーションに対して、既存企業は対抗するのが難しいからだ。
固定されたインフラや、高度に訓練された熟練従業員、古い販売システムなどを抱えている企業は、そのいずれかあるいはすべてが時代遅れになった時、新たな環境にすぐに適応するのは困難である。何百人ものリストラ、中核事業の販売パートナーとの関係解消、何十億ドルも投資してきた事業の切り離しなどは、マネジャーにとっては考えるだけで厄介なのも無理はない。
これまで、破壊者が生まれる予兆を探る場所はローエンド市場であった。なぜなら従来の破壊的製品は、より安価でアクセスしやすく、新しい技術構造に基づいているため、既存の最もハイエンドなソリューションに比べて劣っていたからだ。しかしそのコスト優位によって、破壊者はこれまで価格面の理由から市場に参加できなかった顧客を取り込むことができる。
アップルは最初、学生が学習で使えるコンピュータを手頃な価格で提供した。それは、デジタルイクイップメント製のミニコンピュータなどには、とても手が出なかった層である。またソニーのトランジスタテレビは、周知の通り、「移動できる」という便利さによって広く人気を得た。トランジスタの登場以前には、それが合理的に実現できるなどと誰も知らなかったが、新技術がビジネスモデルの革新と組み合わさる時、市場シェアを徐々に広げていくために必要なコスト構造の優位が生まれるのである。
ただ、冒頭の定義に立ち戻れば、「ローエンドからの参入」が破壊の典型例であるという事実は、破壊の本質ではない。それはあくまで、副次的な結果である。どの新規参入者も、何十年もかけて製品が洗練されてきた成熟市場で競争する場合、より優れた価値を提供するのに苦労する(したがってローエンドからのほうが攻めやすい)ためなのである。
ローエンドからの破壊は一般的ではあるものの、それは既存企業を打ち負かす直接的な要因ではない。既存企業はみずからの不利なコスト構造と、限界利益の増加への注力が原因で道を誤ってきたのだ。そして短期的に正しい選択(時代遅れのインフラを最大限に活用する努力)が、長期的には誤った選択(新たな技術基盤への適応の失敗)となる時、CEOは必ず苦しむことになる。
不幸なことに、ローエンド型を意識しすぎると、本来の破壊の要素(安価、アクセスしやすさ、有利なコスト構造)を備えたものに気づきにくくなる。特にデータ駆動型の破壊者は、業界の識者を混乱させているように思われる。