100年かけてケース・メソッドを構築したように
フィールドも新たな学習法として改善しつづける
山崎:一橋ICSは長年にわたって、学生の自己理解を深めるアプローチをさまざまな形でやっておられたんですね。
藤川:ただ、今回HBSのGloCollに参加して、Knowing、Doing、Beingの背後にある考え方に触れる機会を得たことで、改めて感じたことがあります。我々のプログラムでもこれまで、Beingを組み込んできたのですが、その意義や役割をもっと明示化し、積極的に伝えていかなければいけない、と思いました。
今回のHBSの教育改革を率いるHBS10代目学長ニティン・ノーリアは、実は僕がHBS在学中に受けたLEAD(Organizational Behavior and Leadership、組織行動とリーダーシップ)科目の担当教授だったんです。まさに、今のフィールド・メソッドで実施されている内容は、彼の授業にもにじみ出ていました。共感する部分が多いですね。
山崎:HBSは他の学校に先駆けてやっているということでは決してなくて、新しい教授法の導入という意味では、むしろ遅いぐらいかもしれません。ただ、誰の心にも刺さる分かりやすいキーワードを掲げ、フレームワークを打ち出して、やると決めたら一気に実施する実行力がすごいんですよね。
藤川:まさにそうですね。3年前にニティンが来日したときにHBS同窓会イベントのプレゼンテーションで語った内容を今も鮮明に覚えています。「HBSのこれまでの100年間を振り返ると同時に、これからの100年間を展望しよう」と切り出し、100年前の大学ランキングをスクリーンに映しました。大半がドイツをはじめとする欧州の大学だったと記憶しています。そして、「皆さん、このうち今のトップランキングに何校残っていると思いますか?」と続けました。確かゼロだったんですよ。「だから、HBSが100年後にトップランキングに入っている保証はどこにもない。これまでの100年間、われわれはケース・メソッドをカリキュラムの中核をなす学習法として構築し、一定の成功をおさめることができました。次の100年を見据えると、それに並び立つ新たな学習法を生み出すことがHBSのミッションです」、というんですよね。学ぶということに対して、非常に謙虚で誠実であると同時に、貪欲で本気なのだ、と感じました。
山崎:新たに導入されたMBA一年生必修科目「フィールド」は、「フィールド基礎(感情知性。自身の行動への理解を深めるワークショップ形式の講義)」「グローバル知性(1週間の新興国でのフィールド・プログラム)」「統合知性(事業立ち上げ経験)」という3つのモジュールから構成されています。導入されて5年目ですが、常に見直していて、この9月からは最初の2つのモジュールだけを必修にし、3つ目は選択にするなど、中身もどんどん変えています。変化をまったく恐れていないなと思いました。
藤川:今年僕が参加したHBSの教員向けプログラム「GloColl」で聞いたところ、このフィールド・メソッドのベースには教育学や神経科学の知見もきちんとあるのですね。人間が何かを学ぶ際、以前に学んだことを後になって記憶の彼方からたぐり寄せようと脳が努力すればするほど、その学びが定着するというメカニズムがある、と。ですから、この論理に倣って、最初の「フィールド基礎」モジュールを実施したあと、わざと次のモジュールに進むまでに期間を空けておきフィールドとは直接関係ないケース・メソッド中心の学習を必死にやらせた後、忘れたころにフィールドの次のモジュールを実施する、といった工夫をしている。学生にしてみれば、連続して同じテーマで学習を続けられた方が効率的だと思うから、このスケジュールには毎年不満が寄せられるらしいのですが、実際はこのほうが学生にとっての学習効果が結果として高くなるのであえてこのやりかたを固持するという。
こういう学びに対して真摯な姿勢に、フィールド・メソッドを新たな学習法として作り上げるのだという強い意思を感じますよね。おそらくケース・メソッドも1908年にスクールが設立されて以来100年かけていろいろな試行錯誤を繰り返しながら学習法として築いてきたのだと思います。今や、ケース・メソッドで教えたことのない、Ph.D.をとったばかりの新任教員でも、HBS着任後の数年間でケース・メソッドをばっちり習得することができるほどに制度化されています。おそらく、フィールド・メソッドについてもその域を目指しているのだろうと思います。