世界のビジネススクールと競い合って
東京でMBAを学ぶことの意味を考え抜く
藤川:HBSが羨ましいのは、一学年900数十人の学生規模があり、さらに世界中に展開する巨大な同窓生ネットワークを通じて受入先も見つかりますから、自校だけでフィールド・プログラムを組めるところです。我々の場合は規模が小さく、自校単体では難しいので、世界のビジネススクール28校が連携するGNAM (Global Network for Advanced Management)というネットワークを組んで、提携校の授業科目を自由に受けることができるようにしています。
山崎:それだけのネットワークがあると、各地の特色を打ち出した面白いプログラムが揃いそうですね。
藤川:たとえば今年3月の第三週には、提携校28校のうち18校がスケジュールをうまく合わせて、IXPのような1週間のフィールド・プログラムを世界18都市で同時開講しました。「グローバル・ネットワーク・ウィーク」というこのプログラムでは、提携校の学生合計約800名が、関心のある都市とテーマを選択し、世界中を大移動して共に学びました。参加各校は、その場所で1週間を共に過ごすからこそ得ることができる学びに焦点をあててカリキュラムをデザインします。たとえば、ブラジル・サンパウロのFGVというビジネススクールに行くと、BOP(Bottom of the Pyramid、低所得者層向けビジネス)をテーマに、大手日用品メーカーがどんなアプローチで何に悩んでいるのかといったことを企業訪問や現場調査を通じて学べます。また、イスラエルのテクニオンというテクノロジー系のスクールに行くと、イスラエル流のスタートアップ・エコシステムを、アメリカ東海岸のイェール大学に行けば、「行動経済学」をテーマとしたプログラムを受講することができます。一橋ICSの学生も50名以上がケープタウンやイスタンブール、ジュネーブ、バンガロール、マドリッド、上海などに出かけ、一橋ICSがホストした「東京プログラム」には、25か国から50名以上が参加しました。
山崎:日本の一橋ICSはどんなテーマで開講するんですか?
藤川:我々が開講した「東京プログラム」は、「イノベーション×グローバリゼーション:ジャパンスタイル」と題し、日本企業の独自性や日本市場の先端性に焦点をあてました。ユニクロの銀座旗艦店を開店時間前に訪問し、朝礼や開店準備の様子を見学し、日本企業の現場力を目のあたりにし、ホンダのロボット開発担当者のお話をうかがい、アシモのデモンストレーションを通じて人型ロボットの開発で日本が世界をリードする理由について考えたり、アマゾンやGEヘルスケアの日本本社を訪問し、グローバル企業の世界戦略における日本事業や日本市場の位置づけについて議論したりしました。また、鎌倉・円覚寺の座禅体験を通じて、禅の思想と日本のデザイン思考との共通性を体感したり、秋葉原や原宿、渋谷、巣鴨などに出かけ、消費の現場の最前線に触れたりしました。こういう世界規模のネットワークに参加し、日本独自のテーマ設定をしたプログラムを提供する必要に迫られると、われわれ自身が日本の東京のこの場所でMBAプログラムを提供することの意味は何かを強く自問するようになります。
山崎:すごく分かります。海外の学生たちも、わざわざ東京にやってくるのだから、ここでしか学べないことじゃなきゃ魅力がないですよね。
藤川:そうですね。また、単にアジアと欧米という単純な対立軸でもありません。我々はもうひとつ、「BEST(Beijin-Seoul-Tokyo) Alliance」という中国・北京大学、韓国・ソウル国立大学との3校間連携もしています。毎年8月には、各校から10人ずつ選抜された合計30人が、北京・ソウル・東京の3都市を1週間ずつ一緒に移動しながら、プロジェクトに取り組む「DBiA: Doing Business in Asia」というプログラムを実施しています。こういう取り組みを進めると、同じ東アジアにおいても、いま北京で学ぶべきことが何か、ソウルから学べることは何か、東京だからこそ学べることは何なのか、と各校それぞれに考えざるを得なくなります。
山崎:藤川先生は、東京のMBAプログラムで提供できる一番の価値は何だとお考えですか。
藤川:それは、この本に書かれていたジャパンIXPを通じて学生たちが学びとっていることと非常に似ていると思います。たとえば、日本社会の独自性として、企業が事業成長や利益追求にとどまらず、共通善や社会善の増進を重んじることや、日本市場の先端性についても、市井の人々や消費の現場から新しいアイデアが生まれ、「ストリート発のイノベーション」とでもいえるダイナミズムに溢れていること。この場を訪れて、ここに身を置き、ここで暮らす人々と対話し、ここで起きていることを目のあたりにすることで初めて伝わることや学べることがあるんですよね。我々もさらにプログラムを深化させたいので、山崎さん今度ちょっと相談に乗って下さい(笑)。
山崎:もちろん、私にできることなら是非。今日はありがとうございました。
藤川:こちらこそ。楽しかったです。ありがとうございました。