過去の成功体験が忘れられない日本企業
――週休3日にしようという会社がある一方で、もう残業続きで過労死や自殺者が出てしまう企業もあります。
時代が変わっているのに、ビジネスモデルや働き方が変えられない企業はたくさんあります。60年代、70年代は、働けば働くほど価値を出せる時代でした。その時代に活躍し、そのカルチャーの中で「優秀」と認められた人が経営トップに就いています。終身雇用で人材の入れ替わりがない企業ほど、経営層は全員がそういう成功体験を共有している。カルチャーを変えるのは容易ではないでしょう。
――一方で、企業の言い分とすれば、「クライアントや顧客の要望に応える」ために残業の発生もやむを得ないと。
「クライアントや顧客の要望にできるだけ応える」のは企業として当然です。でもそのためには、「その価値に応じた料金を受け取る」のが前提です
「お客様は神さまです」と言う言葉がありますが、これは本来、「自分達が作りたいものではなく、顧客が求めているものをこそ作るべき、提供するべきだ」と解釈すべき言葉です。ところがそれを「客の言うことは、どんな無茶でも実現すべきだ」と曲解している人がいる。
ネット通販で洋服のレビューを見ていると、3000円もしないワンピースの縫製がヨレているとか、ボタン付けが甘いとか文句を言っている人がたくさんいます。「値段相応の価値」という概念がなく、一円でも払ったら完璧な商品を受け取る権利があると考えているんです。
日本の企業は長い間、自社の労働者を犠牲にして「安くていい物」を提供し続けてきました。それが、消費者の要求をエスカレートさせてしまっているとも感じます。
――デフレが長く続く時代、価格を上げるとか料金を上乗せするのはとても難しいと思いますが。
価格が上げられないのは、他社にでも作れるものばかり作っているからです。アンドロイドスマホは安いけど、iPhoneは高価格です。高くても予約の途切れないお店や宿もある。代替品のないもの、競合では作れないもの。モノであれサービスであれ、そういうものを提供できないと価格は上げられません。
日本では生産性の向上というと、すぐに効率化、つまりコストカットの話になりますが、生産性を上げるには提供商品やサービスの付加価値を上げ、妥当なプライシングをすることで分子側を上げるほうがインパクトが大きいことも多いんです。
日本の企業は競合がやっていることはすべて自社でもやろうとします。このため全ての事業で過当競争が起きる。本来、生産性を高めるためには、自分たちの得意なことに集中することが必要です。トップになれる商品、世界を目指せる分野に絞って投資をし、生産性の低い分野は早々に撤退する――そういう経営判断ができないと生産性は上がりません。
外資系の企業では、クライアントを絞り込んでいるところが多いんです。自分たちが得意でない分野には手を出さない。自社の提供する価値を正しく理解してくれる人たちだけを顧客として捉え、万人向けの商売をしない。
日本企業がそういう戦略を採らないのは、規模が大きいことが無条件によいと思い込んでいるからでしょう。規模ではなく利益率に目を向ければ、市場(顧客)を絞り込むという発想がでてきます。まさに、量か質かという話です。
――量で稼ぐという時代は終わったということですね。
そもそも経済的に豊かになって数十年もたてば、「マス」という市場は無くなります。ニーズは多様化し、全員が同じモノを欲しがったりはしません。そんな時代に「マス」が買うのはコモディティだけです。
みんな自分の好みやライフスタイルにピンポイントに合った商品やサービスを求めているし、そういうものにはそれなりのお金を払います。何十年もデフレが続いているといいますが、20年前に3万円ほどが主流だった掃除機は、今や6万円から8万円の商品ばかりになっています。
この市場を開拓したのも外資系企業ですが、日本の消費者のことなのに日本企業がそういったニーズを把握できていなかったのは、やはり「そんな高い商品を買う消費者は多くない」という、マス市場のニーズに囚われていたからだと思います。
「みんなが買う商品」ではなく、一部の熱狂的なファンが高価格を払ってでも手に入れたいと思ってくれる。経済が豊かになり、趣味嗜好が分かれて市場が細分化されてきた時代には、自社が得意とする価値を、それを熱烈に求める顧客に届け、きちんとした料金を払ってもらって生産性を上げ、利益を出していく。どんな業界であれ、そういったモデルに転換していく必要があるのではないでしょうか。
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