絶妙のアシストでリラックス、
そして集中へ

 ワークショップはホワイトシップのアーティスト、谷澤邦彦さん(kuniさん)の絵を鑑賞するワークを経て、絵から遠ざかっている参加者のために描き方の説明に入ります。

 使う画材はパステル。油分が入っていないため、チョークのような描き心地です。しかし、パステルを画用紙に付着させるだけでは落ちてしまうので、自分の指を筆代わりにして画用紙にすり込むのがルールです。画用紙にパステルを定着させる目的と、こすることで複数の色を混ぜ、グラデーションを表現することもできます。kuni さんが、このくだりで参加者に「アシスト」を繰り出します。いつものジョークです。

「これは『こすりんぐ』という描き方なんです」

 一瞬の間。

「なるほど、『こすりんぐ』というんですか」

 表情を変えずにつぶやいたのは吉田さんでした。

「いや、ここは笑うところです」

 kuniさんが応酬します。どうやら、渾身のアシストは見事にスルーされ、シュートには至らなかったようです。すかさずベテランプレーヤーの村井さんがフォローを入れます。

「根が真面目なもので(笑)」

 パステルはクレヨンのように油分が入っていないので、消しゴムで消せます。思い切って描いても、いくらでも修正がきくのです。kuniさんが実演してみせると、参加者は「ほう」と感嘆の声を上げました。その声を合図に、kuniさんが次のアシストを送ります。

「人生と同じですね。消したい過去は、いくらでも消せるんです」

 再びの沈黙。

「あれ?」

 こんどこそと自信をもって繰り出したアシストも、得点には結びつきません。

「根が真面目なもので(笑)」

 ベテランプレーヤーもお手上げです。しかし、得点の入りにくいサッカーにミスはつきもの。パッサーは、めげずにアシストを送り続けなければなりません。

 ワークショップで使う画用紙は正方形です。ある方向から描いても、向きを変えることで違った印象になることを感じてもらいたいという狙いがあります。kuniさんは描き終えた段階で画用紙を四方向に回し、自分の思いがもっとも表現されたアングルを探してくださいと語ります。これも、ワークショップでは必須の工程です。

「実はこれを『まわしんぐ』と言うんですけど……」

 少し自信を失ったのでしょうか。渾身のパスではなかったようです。ほんの少しの間がありました。しかし、ようやく笑いが起こりました。パッサーはパスを出し続ける。kuniさんの粘りが、ようやく参加者に届いた瞬間です。それによって、参加者の表情にも笑みが戻ってきました。

 説明が終わり、絵のテーマが発表されます。「働くうえで大切にしていること」。配布されたワークシートに、参加者は自分の思いを書きつけていきます。思いを明確にしたところで、画用紙の色選びに入ります。いよいよ「描く」段階に入っていきます。

 4人の参加者は、それぞれの思いにふさわしい色を選ぶと、すぐにパステルで描き込んでいきます。毎回取材をしていて不思議に思うのは、絵は久しぶり、どうなるか不安と言いながら、ほとんどの人がすぐに描き始めることです。

「この取材だけでなく、どんなワークショップでもほとんどの人がすぐに描き始めるよ」

 kuniさんはそう言います。それはなぜか。kuniさんは続けます。

「鑑賞ワークで絵には人によって見方が違うことを知り、絵は上手い、下手で評価されるものではないことを知って安心感が芽生え、気持ちが軽くなるからじゃないかなあ。人間は4万年前から絵を描いていたけれど、現代人にもそういう欲求がDNAとして残っているのかもしれないね」

 すでに絵を描くことに没頭している4人。村井さんは口を真一文字に結び、眉間に皺を寄せています。当初の柔和さ、軽やかさ、楽しげな様子は消え去っていました。ほかのみなさんも、絵に集中している様子です。とはいえ、どこか「苦行」を行っているような表情に見えます。描きながら、心の中にある思いを搾り出しているのでしょうか。

 描き始めて40分、みなさんの描く勢いが止まりました。前半終了です。ハーフタイムをはさんで、後半はそれぞれの思いを語るワークに入っていきます。