最初の実験では85人の学生に、米ロックバンドのジャーニーの楽曲「ドント・ストップ・ビリービング」を他の学生たちの前で歌ってもらった。歌唱の前に、半数の学生には、我々が適当に考えた儀式をしてもらう。具体的には、「次の儀式をしてください。いまの気分を絵に描く。その絵に塩をふりかける。そして5つ数えてから、その紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に捨てる」と指示した。次に、参加者の歌唱のレベル、心拍数、そして不安感の程度を測定した。
その結果、儀式をした人はしなかった人よりも、上手に歌い、心拍数は有意に低く、不安感も低いと回答した。
この実験から、儀式にはパフォーマンスを高める効果があるという予備的証拠が得られたが、我々はもっと掘り下げたい。そこで、こう仮説を立てた。儀式の効果が「不安の軽減によるもの」であるなら、儀式によってパフォーマンスが高まるのは「ストレスの多い状況下に限られる」はずだ。そして、こうも考えた。ある行為を「儀式」と称するほうが、「一連の無作為な行為」と称するよりも、パフォーマンスへの効果が高いのではないか。
これらの予測を検証するために、参加者に難しい数学問題を解いてもらった。第2の実験では、半数の参加者には数学問題を「面白い」と考えるように仕向け(不安を軽減)、残り半数には「非常に難しい知能テスト」であると説明した(不安を増大)。そして、参加者を儀式をする人としない人にランダムに割り当てた。
第3の実験では、全員に前回同様の難しい数学課題を解いてもらった。ただし、本番前にやる行為について、一部の参加者には「無作為」(今後の他の実験に関連するもので、今回の実験とは無関係)と説明し、残りの参加者には「儀式」であると説明した(訳注:この行為とは、0から10まで声に出してゆっくり数え、その後10から0まで逆に数える。数を言うたびに、目の前の紙にその数を書き記す。そして紙に塩をふりかけ、くしゃくしゃに丸め、ごみ箱に捨てる)。
その結果は、我々の仮説を裏づけるものだった。すなわち、不安が高い条件下では儀式によって成績が上がったが、「面白い」条件では効果はなかった。そして本番前に「無作為な行為」をした人よりも、「儀式」をした人のほうが成績の向上が認められた。実際には全員が同じ無意味な行為をしたのに、である。
最後の実験では、本番前の儀式の効果は「コントロール感の増大」によるのかどうかを検証した。89人の成人に、ストレスの多い数学テストをしてもらう。始める前に、半分の参加者には「儀式」と称する行為を、残りの人には「無作為な行為」をしてもらった(第3の実験と同じ手順)。テストの後、参加者にどの程度の不安とコントロール感を抱いていたかを尋ねた。
すると、「儀式」条件のほうが高いコントロール感を示すという傾向は、認められなかった。ただし他の3つの実験と同様、不安軽減の効果は「無作為な行為」条件よりも高かった。
我々の研究結果によれば、ストレスの多い状況を迎える前に儀式をすることは、不安を軽減してパフォーマンスを高める効果がある。読者の皆さんも、生活のなかでストレスの多い場面では、本番前の儀式をしてはいかがだろうか。たとえば職場でプレゼンをする前や、試験を受ける前、難しい話し合いをする前などだ。すぐに済ませられる、意図的で短い行為を、些細だが意味のある儀式として用意することをお勧めしたい。
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アリソン・ウッド・ブルックス(Alison Wood Brooks)
ハーバード・ビジネススクール助教。MBAと幹部教育プログラムで交渉を教えている。ハーバード・ケネディスクールの行動インサイトグループに所属。