未来の組織と全社戦略

 最後に、全社戦略を検討する際に今後大きな課題となる潮流を1つ紹介したい。それは、いま影響力を増しつつある新たな組織形態の成長である。

 図8は、近代企業の成長の歴史を振り返ったものである。企業は、その誕生から規模を着実に拡大し、選択と集中の時代を経て、現在は新たな組織形態の可能性を模索し始めている。

図8:近代企業の成長と経営組織の変遷

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出典:琴坂将広, “外部資源活用による事業成長の加速”, 調査月報, 日本政策金融公庫, 2015 Nov. p. 39.

 これは1990年代から予測されていることではあるが、より自律分散協調的な、ネットワーク型の組織運営の可能性が幅広い産業で高まっている。それを背景として、「全社」という場合の「全社」が自社のみで適切なのか、という疑問が生じてくるだろう。

 古くから、トヨタ自動車を語るのであれば、その系列までを含めて語るべしと言われてきた。トヨタ自動車などの自動車会社の事業力は、本体のみでつくられているのではなく、無数に広がるサプライヤー網によっても磨き込まれてきたからである。今後、複数の企業が協調的に行動することで付加価値創造の連鎖構造を構築する時代を迎えるとき、小規模な企業が大規模な企業群を最大限に活用して世界的な価値連鎖を掌握する時代がやってくるとき、全社戦略のあり方はまた変わらざるをえないだろう。

 そうした近未来においては、プラットフォームや、エコシステム、クラスターといった、自社が属する企業グループの塊を意識した戦略構築が重要になるはずだ。そして、みずからの組織が所有する経営資源だけを対象とした議論ではなく、影響をもたらせる経営資源、そして協業する組織や個人の広がりまでを対象とした全社戦略のあり方が求められるだろう。

 未来の組織がどうなるかは、まだ誰も知らない。しかし、いま存在する組織の形が、長い歴史的文脈では単なる通過点にすぎないであろうことは、確かである。

 さて、今回をもって、経営戦略の骨太の部分を紹介する旅がひと段落する。次回からは、特に戦略の実行という側面に着目し、戦略の実行と浸透にどのような手法が用いられているかを概観する。そのうえで、新興企業の戦略や国際化など、経営戦略をめぐる周辺トピックにも触れていきたい。

【本記事の要点】

・全社戦略で検討すべきは、根源的には戦略的意思決定であり、その骨格はアンゾフの『Corporate Strategy』で十分に議論されている
・事業戦略も、全社戦略も、外部環境と内部環境の分析という部分で大きな重なりがある。また、多くの企業にとって多角化企業を前提とした全社戦略の議論は馴染みがないため、両者は混同されがちである
・経営戦略の一般的な教科書は、社会科学としての経営学の蓄積にできる限り準拠しようとするため、その内容は多角化を骨格としたものとなる
・実務家的な視点から全社戦略に必要な要素を再定義するのであれば、それに必要な要素は、次の4つがある。1.組織ドメインの定義・周知・更新、2.全社機能の戦略検討、3.事業領域の管理・再編、4.監査・評価・企業統治
・未来には、分散協調的に多数の組織体が連携して事業を創造する可能性が高い。その場合「全社」をどう把握し、どう戦略を検討すべきか、新たな議論が必要となる

謝辞:本記事の執筆にあたっては、慶應義塾大学の平賀理沙君にデータ整備の支援をいただいた。ここに深謝の意を表する。

 

【著作紹介】

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