ネクスト・ベスト・アクションのシステムは3つの異なる目的を掲げているが、その中で、ロボアドバイザー市場と共通するものは1つだけである。それは当然ながら、顧客に提供する投資のインサイトと選択肢だ。

 既存のロボアドバイスのほとんどは、その推奨する投資案件は完全にパッシブなもの、つまり投資信託(ミューチュアル・ファンド)か上場投資信託(ETF)である。モルガン・スタンレーの新システムは、顧客が望めばそれらも提供できるが、独自調査に基づいて個別の株式や債券を提案することも可能である。FAはシステムから複数の案を提示され、その一部または全部を顧客に提供するかどうかを自己裁量で判断できる。

 システムの2つ目の目的は、運用上のアラートを通知することだ。これには、追加証拠金の請求、現金残高減少の通知、ポートフォリオに著しい増減があった場合の通知などが含まれる。前述の英国EU離脱投票のように、金融市場での注目すべき出来事も該当するだろう。FAはこうしたアラートに個々人向けの文字メッセージを組み合わせ、さまざまなコミュニケーションチャネルで顧客に送信できる。

 3つ目に、モルガン・スタンレーのシステムには、ライフイベント関連のコンテンツが含まれる。たとえば、もし顧客に何らかの病気を持った子どもがいたら、同システムは顧客の地元で病気への対処に最も適した病院、学校、金銭的な戦略などを推奨できる。こうしたライフイベント関連のコンテンツは、他のロボアドバイザーでは見られず、顧客とFAの関係に信頼と付加価値をもたらすうえで役立ちうる。

 システムを成功させるためには機能が肝心だが、導入の仕方も同じく重要である。モルガン・スタンレーは導入の過程で慎重を期し、よく観察し、変更を受け入れている。システム設計には複数のFAが関与した。現在、開発は完了しており、テストを実施中で、9月には500人のFAを対象に最初の導入が行われる。

 このシステムを生み出したのは、資産運用部門で分析・データ最高責任者ジェフ・マクミランが率いるチームだ。

 彼らは、システムにFAを適応させることは大々的な変革マネジメントでもあることを認識している。これまで自分たちの経験を頼りにしてきたFAは、はじめのうちはシステムがどう機能するのか理解できないだろう。

 差し当たり、ネクスト・ベスト・アクションのシステムは、主にFA経由で顧客に提供されるが、顧客自身で新たなオンライン情報にアクセスすることもできる。最終的には、運用中のポートフォリオに対してデジタルのみのバージョンを公開する計画だ。

 これは、デジタルのみのチャネルを好む顧客(おそらく大半はミレニアル世代)向けに、より低価格で提供される。こうした顧客およびFAのシステムへの適応を支援するため、同社はデジタル・アドバイザーを務める一群を採用してコールセンターに配置し、システムの活用法に関する専門的なアドバイスを提供してもらうことになる。

 マクミランは、資産運用において人間が引き続き果たす役割を重視しており、「ロボアドバイザー」という表現をまったく気に入っていない。彼は電話で次のように語った。

「しばらくの間は、こうしたシステムはアドバイザーと顧客との人間的な関係を補完するものになるでしょう。金融業界全体を見ると、人間と機械の“ハイブリッド”的なサービスのほうがずっと成功しています。人間は状況と文脈を理解し、顧客の感情に対処し、さまざまに異なるデータセットを処理できる。人間はいまだに、金融アドバイスにおいてきわめて重要な役割を担っているのです」

 自社のあらゆる投資知識をシステムで提供できるようにすべく、マクミランのチームは成すべき取り組みが山ほどある。

 たとえば、投資アナリストのレポートに含まれている知識を抽出し、それを顧客に判断材料として提供する――これができる人工知能システムは、現時点では存在しないという。そのため、マクミランは社内の調査部門と連携して、レポートに含まれる知識をもっと構造化し、機械で読み取りやすいものにしようと試みている。これは、FAにネクスト・ベスト・アクションのシステムを効果的に活用させる取り組みに、まったく劣らぬ大きな変革課題である。

 この新しいシステムとプロセスにおいて、ロボットの要素は明らかに全体のほんの一部にすぎない。完全に機械主導で人間不在の資産運用ソリューションは、モルガン・スタンレーのビジネスモデルにも文化にもそぐわない。

 金融業界のその他ほとんどの企業も、この事実に気づくことになるだろう。


HBR.ORG原文:How Machine Learning Is Helping Morgan Stanley Better Understand Client Needs,  August 03, 2017.

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トーマス・H・ダベンポート(Thomas H. Davenport)
バブソン大学の特別教授。経営学と情報技術を担当。マサチューセッツ工科大学センター・フォー・デジタル・ビジネスのリサーチ・フェロー。デロイト・アナリティクスのシニア・アドバイザー。インターナショナル・インスティテュート・フォー・アナリティクスの共同創設者。ジュリア・カービーとの共著新刊『AI時代の勝者と敗者 機械に奪われる仕事、生き残る仕事』、他多数の経営書を著している。

ランディ・ビーン(Randy Bean)
ニューバンテージ・パートナーズのCEO兼マネージングパートナー。