●サムスンの未来はどうなるか

 イ・ジェヨンが5年間不在でも、サムスンの日々の経営にはほとんど影響がないと思われる。たとえば、サムスン電子の内部では、短期的な意思決定はすでに部門長に委任されている。皮肉なことに、もし将来問題が生じるとしたら、それは部門長が無能だからではないだろう。非常に有能であるがために、自部門の利益のみを追求してしまい、結果的に会社全体の足並みが揃わないということはありうる。

『ハンギョレ』紙の記者カク・ジョンスは、私にこう語った。「本部が解体されてからというもの、子会社間のやり取りを調整する努力がなされていません。子会社のCEOらが一緒に昼食をとることもありません。なぜかというと、サムスンにとって最大の関心事は、イ・ジェヨンをいかに救出するかであって、それ以外のことは二の次なのです。そんな状況では、“現状維持”が最善の戦略なのです」

 匿名の某リサーチ・アナリストも同じ問題を提起している。

「テクノロジー業界の競争は非常に熾烈であるため、現在優勢な企業であっても、イノベーションを数年怠れば転落するでしょう。サムスン電子は、すでに巨大な帝国を築いていたので、全面的な刷新は不得意でした。

 イ・ジェヨンは、イノベーションに対する障壁を飛び越えられる、ただ一人の人間でした。サムスンのシリコンバレーの新たなオフィスには、サムスンの階層文化に向いていないテクノロジーの天才がたくさんいます。彼らは、イ・ジェヨンの不在が長引けば辞めてしまわないかと、私は心配しています。それは、サムスンにとって大きな痛手となるでしょう」

 有罪判決が出た後も、今後についてきわめて不確かな要素が残る。しかし1つ明白なのは、サムスンとイ一族は過去には戻れないということだ。

 実際に、韓国民は「サムスン共和国」に別れを告げつつある。韓国公正取引委員会の議長であり長年サムスンを批評しているキム・サンホが言うように、この状況はサムスンにとって恩恵でもあり苦境でもある。当面は大きな苦しみに耐えなければならないのは明らかだ。

 このことは、韓国についても言える。韓国民は、「サムスンにとってよいことは、必ずしも国にとってよいことではない」と認め、変化に備えるべきだ。たとえその変化が、短期的には国の経済に痛みをもたらすとしても、である。これは困難な課題だが、避けて通ることはできない。

※筆者注:本稿に示されている見解・意見は著者本人のものであり、韓国租税財政研究院の公式な見解・意見を必ずしも反映するものではない。


HBR.ORG原文:Samsung, Lee Jae-yong’s Conviction, and How Business in South Korea Is Changing  September 29, 2017

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ハンス・チョイ(Hansoo Choi)
韓国租税財政研究院(KIPF)の研究員。