デジタルとモバイルの浸透で、顧客と企業の接点は多様化し、接触時間、場所の制限も取り払われている。その中で企業が成長するためのキーワードは「顧客の体験価値」である。自社の製品をどうやって知ってもらい、情報交換しながら顧客をファンにしていくか。デジタル変革の遅れが指摘される日本企業が、顧客体験価値の最大化に向けて留意すべき点を、一橋大学商学研究科教授の神岡太郎氏に聞いた。(取材・文/堀田栄治、撮影/住友一俊)
――社会のデジタル化が進むにつれて、「顧客体験(価値)」の重要性が高まっていると指摘されています。

TARO KAMIOKA
一橋大学商学研究科教授
北海道大学大学院博士課程(行動科学専攻)単位取得退学後、一橋大学商学部講師、同大学商学研究科助教授を経て、2004年より現職。マーケティングとITの関係などを研究対象とする。著書に『CMO マーケティング最高責任者―グローバル市場に挑む戦略リーダーの役割』『マーケティング立国ニッポンへ』など。工学博士。
それは、ごく当然のことといえます。従来のITが、管理することを主な目的としていたのに対し、デジタル技術は、顧客(あるいはユーザー)体験価値を高めるためのテクノロジーとしての目的・意義が非常に強いからです。
もう一つ、顧客体験の重要性が高まっている背景には、社会全体がプラス面、マイナス面を含めてデジタルを受け入れ、それが我々の生活を支える技術として普及していることがあります。デジタルを前提として、政治も経済も社会も動くようになり、それが特定の人だけのものではなく、国境を越えたインフラになろうとしていることは、大きなインパクトをもたらします。
鉄道の軌道幅や電圧など、さまざまなインフラは国によって少しずつ規格が違いますが、デジタルの世界はほとんどが統一されてきました。それを主導してきたのが「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)」に象徴されるインターネットのプラットフォーマーです。今後、あらゆるモノがリアルにつながるIoT(モノのインターネット)の時代になると、誰がメインプレーヤーになるかはまだわかりませんが、共通化、統一化の流れはますます強まっていくでしょう。
ただし、特定のプレーヤーがあらゆるデータを掌握することによって世界がどうなるのか。デジタル化の進む先がはたして人類にとって心地よいかどうかは、注意深く見ていく必要があります。
――日本企業におけるデジタル変革の遅れが語られる時、多くの場合は先端技術の開発・導入の遅れと同義で語られているように思われます。マーケティングの視点からはデジタル変革の波をどうとらえるべきでしょう。
たとえばAIは、医療画像の診断など特定の領域では人間よりも優れた能力を発揮しようとしています。そうしたことが明らかになるにつれて、「自分たちも何かやらないといけない」と慌てて、CIO(ChiefInformation Officer)やIT部門にあいまいな指示を出している経営トップも多いと聞きます。大切なのは、「何かやれ」ではなく、「自分たちは何をしたいのか」という主体性、ビジネスの目的です。最近では、コトラーの「4P(Product / Price / Place /Promotion)」に「Purpose」を加えた「5P」が、マーケティングの重要な概念となっています。
顧客に対し自分たちは何をしたいのか、目的意識を明確に持ってビジネスに取り組むには、CDO(ChiefDigital Officer)のような〝目利き〞も必要です。顧客起点でビジネスをとらえ直し、デジタル時代にふさわしい会社や組織のあり方、企業体質などを検討し、主体的に変革していく。これこそがデジタル変革の真髄であり、CDOに問われる役割です。