――デジタル技術の発展・普及は、従来から指摘されているフロントエンド主導のIT活用の流れを加速させるものと考えられます。顧客価値創造のためのデジタル技術活用という点において、企業が留意すべき点は何ですか。
人間に例えると、感覚・知覚器官と脳神経系のように、フロントとエンドが直結して組織全体を有機的に制御するようなシステム、あるいは組織を設計すべきだと思います。
前述の通り、企業としての主体性は重要ですが、起点となるのはあくまでも顧客です。従来は製品・サービスの提供者に合わせて利用者が変化してきましたが、今後はそれが逆になり、利用者や社会に合わせて企業が変わらなければなりません。それが、デジタルトランスフォーメーションの意味するところです。
たとえば、既存のタクシー会社がなぜライドシェアのような新しいサービスを創造できなかったのか。それは運転手や駐車場、コールセンターなど既存の資産を活用することを前提としているからです。顧客価値を提供していくには、自らのペースで変化する以上に、環境の影響を受けて変わらなければならない部分が増えてきます。それに対応できる組織や仕組みが必要です。
マーケティングについても、既存の枠組みの中で考えるのではなく、顧客価値のあるビジネスやサービスを創造するために、マーケティングがどう貢献できるかという視点で、プラットフォームを再設計する必要があるのではないでしょうか。

――顧客体験価値を最大化していくためには、企業組織・機能の再設計が不可欠ということですか。
日本の製造業の強さは、生産現場にありました。生産部門のトップがいいと思ったモノ、売れると思ったモノが確実に売れる時代が確かにありました。
しかし、顧客の行動が複雑化した現在は、開発・製造からマーケティング、販売、さらには顧客までを一気通貫でつなぎ、顧客の反応を見て即座に変化できる体制が必要です。
そのためには、既存のピラミッド型の組織ではなく、フラットでクロスファンクショナルな組織が、サイロの壁を乗り越えて連携していくような仕組みが不可欠で、ここにデジタル技術を活用すべきです。
組織・機能だけでなく、企業カルチャーやマインドセットの変革も重要です。上司を見て行動するのではなく、横の組織や顧客など、他者とのつながりを大切にしながら幅広い視野を持って、自社に足りないものを取り込んでいく。正解はありませんから、アジャイルにチャレンジしていく姿勢がますます問われるでしょう。