未来の“片りん”は、すでに現在にある
――IoAの時代には、私たちの生活やビジネス、コミュニケーションのあり方はどう変わりますか。
たとえば、遠隔地にいる熟練工がテレプレゼンスで新人の頭のなかにジャックインし、身体感覚を共有して新人の技能習得能力を向上させるという、遠隔指示、遠隔コーチングが考えられます。高齢化の進展や人で不足に悩む建設現場の課題解決にもつながるでしょう。移動から自由になれるということは、東京一極集中を緩和し、同時に国際的な連携を支援することになります。人々のクオリティ・オブ・ライフを高めることにもつながります。
こうした効率性の向上だけでなく、楽しさや満足度、幸福度を高めるのにもIoAの重要な意義だと思っています。AIが自動演奏してくれるのではなく、自分が演奏できるようになる体験が楽しいわけですね。たとえば、私が新しくスポーツや音楽を習いたいというときに、ネットワークの向こうから先生が私にジャックインして、「こうやるんだよ」と教えてくれるような新しい教育も可能になります。オリンピック競技に適用できれば、自分が4回転ジャンプをする羽生結弦選手になったらどうなるんだということも追体験できます。他人として見ているだけではなくて、その人本人になったらどんな感動があるのか、体験そのものが拡張されるような新しいコンテンツやエンターテイメント分野での応用が期待されています。
――そうした人間の能力の拡張には、どのような技術やハードウェア、ソフトウェアがカギとなりますか。
基盤技術としては、VRの三次元再構成技術が重要だと思います。空間を三次元でそのまま再現することによって、その人がいる場所に、ネットワーク上のほかのところからジャックインすることができます。あとは、触覚などの感覚を再現する技術も必要です。ただ、あくまでも技術と人間との接合による相乗効果を狙っているので単純に技術だけ進めばいいというわけではないと思っています。 最近、ネットでバズったのが「カメレオンマスク」です。「ヒューマンウーバー」とも呼ばれているのですが(笑)、遠隔地にいるユーザーの顔を表示したディスプレイを代理人が着用し、社会的な存在感と身体的な存在感の提示を目指す仮面型のテレプレゼンスシステムです。実験結果で面白かったのは、代理人が遠隔ユーザー本人とみなされる傾向にあったことです。このプロジェクトでは、顔にディスプレイを着けて人間のサロゲート(代用)をつくったのですが、ロボットの頭だけをすげ替えるという方法もあるでしょう。こうした存在感を拡張するような要素技術も重要です。
――鉄腕アトムや009もそうですが、暦本先生のインタビューや論文には、『ニューロマンサー』の「ジャックイン」もそうですが、たびたびSF小説やSF映画が登場しますね。
実は、2018年2月初旬にバンクーバーでギブスンさんにお会いして、対談しました。彼の有名な言葉に、“The future is already here ? it's just not evenly distributed.”というのがあります。未来はすでにここにある。ただ、均等には分配されていないだけだ、と。ギブスンさんは、初期のコンピューターゲームを身体をくねらせながらやっている子どもを見て、「この子は、自分の全感覚がゲーム画面のなかに没入しているんだ」と思って、サイバースペースの着想を得たらしいのです。未来というのはかけ離れた世界ではなくて、あちこちに“片りん”がプリミティブな形で現在にあるということです。それを見出すことが重要ではないでしょうか。