アルゴリズム

 アンの送別会の翌日、アリーヤはクリスティーンとブラッド・ビブソンと会った。ブラッドは、ピープルアナリティクス・チームのデータサイエンティストだ。

「面接結果に関する報告を受けましたので、あなたの気持ちがモリーに傾いているのはわかっています」とクリスティーンは切り出した。「ですが、もう少しデータを共有したいと思いました」

 ブラッドが2枚のカラフルな図表を手渡した。

「手元の資料は、モリーとエドそれぞれの社内メールとミーティングの履歴に基づくネットワークの分析結果です。2人の了解を得たうえで、メールの内容や予定表を見ずに、2人が過去6ヵ月間、社内全般にわたって誰と連絡を取ったかを分析しました」

 図表を見れば、エドが単にビューティ部門の同僚ばかりでなく、他の複数グループの重要人物ともつながりがあることが、一目瞭然だった。対照的に、モリーのネットワークは主にクリーニング製品関係者に集中していた。

「この種の分析をしているとは知りませんでした」と、アリーヤは言った。

「ネットワーク分析は始まったばかりですが、役立つ情報を明らかにできると思います」と、ブラッドが言った。

「1枚の図表があなたの決定を左右することはないだろうと承知しています」とクリスティーン。「それでも情報があるほうがいいですよね。データなしに新製品や新キャンペーンを立ち上げることは絶対にありません。人事の決定にも、同様のアプローチを取り入れるべきです」。クリスティーンが人事部のシステム導入計画を説明して回る際に、何度となく口にしていた口説き文句だ。「アルゴリズムに基づく決定は論理的で裏付けがあり、社員に対する個人的な感情のバイアスがかかりにくいと確信しています」

 ブラッドが咳払いをした。それから、彼が座ったまま体の位置をずらしていることにアリーヤは気づいた。「あなたも同意しているのですよね?ブラッド」と、アリーヤは尋ねた。

「もちろん」とブラッドはクリスティーンの反応をうかがいながら応じた。「ただし、データサイエンティストとしては、健全な懐疑心を持つことも勧めます。当チームのアルゴリズムは始まったばかりです。これまでに3件の昇進決定を通知する際にアルゴリズムを利用しましたが、対象となった昇進者がどのように任務を遂行しているかを見極めるには、時期尚早です。100%自信があるという印象を与えたくはありません」

 クリスティーンはムッとした顔をした。「ブラッド、あなたの慎重さには感謝しますが、各採用責任者からの反応では、予想外の推薦がアルゴリズムからあったことで、募集したポジションと理想的な候補者のプロフィールについての考え方が根本から変わったとのことです。それに、当方もデータには自信があります。もう数ヵ月にもわたってシステムを検証してきたのですから」 

 アリーヤはため息をついた。「アルゴリズムについて私の理解が深まれば、もっと信頼できるのでしょうけど……」。アリーヤは、ためらっているのが自分1人でないことを知っていた。全社的なトレーニングを複数回実施した後にも、クリスティーンのチームには、その方法論について多くの質問が寄せられていたのだ。

「アルゴリズムがどのように機能するかについて、喜んで詳細をお話しますが、現時点では、あなたは目の前の2人の候補者のことに集中する必要があります。当システムの目的は、あなたに代わって判断することではありません。このシステムを通すことでしか知ることのない候補者を浮上させ、あなたがより詳細な情報をもとに決定する助けとなることが目的なのです」

「バイアスがかかりにくい決定をする助けにもなるでしょう」とブラッドが同調した。「データへの依存度を上げ、本能的直感への依存度を下げますからね」 

 アリーヤは今回募集のポジションについて自分がモリーをえこ贔屓しているとブラッドがほのめかしているのではないかと思った。彼女自身、そのことが心配だったので、客観的な決定をするように心を砕いていた。新システムを信頼すれば、その助けになるのだろうか。 

「けれども、アルゴリズムも完全に中立というわけではありませんよね。業績査定や履歴書など、もしかするとバイアスが織り込まれている可能性のある情報に、まだ頼っているのですから」と、アリーヤは指摘した。

「おっしゃる通りです」とクリスティーンが譲歩した。「その点をコントロールすべく、懸命に取り組んでいるところです。ですがデータ主導型企業として、このアプローチを当社ビジネスの最も重要な部分、すなわち人事にまで拡大しなければなりません」

「このポジションにエドを推奨していらっしゃるように思えます」と、アリーヤは言った。

「私自身のアジェンダを推し進めているように見えるかもしれませんね」とクリスティーンが応じた。「けれども覚えておいていただきたいのは、私がより広い視点に立たなければならないことです。有望な人材のうちBBIを退職するリスクがあるのは誰かを明らかにするために分析したところ、エドの名前がリストのトップ近くに上がりました。ビューティ製品関連では当面、ポジションに空きが出ることはなさそうなのですが、彼には当社にとどまってほしいのです」

「では、モリーはどうなるのですか。このポジションが得られなければ、彼女はひどくショックを受けます。そして、彼女もきっと転職先を探し始めるはずです」

「当方の分析では、彼女は退職リスクがあるとは特定されませんでした」とブラッドが言った。「しかし、あなたの言うとおりかもしれません」