22世紀のビジネス教育を
日米欧、インドで議論する
――ホイカンプ先生はIESEの教員になられたのが2002年。そして2016年に43歳で学長になられました。これまでの15年で学校はどのように進化してきていますか。
とても国際的になりました。今は、バルセロナ以外にニューヨーク、ミュンヘン、サンパウロにキャンパスを構えています。企業幹部向けのプログラムも、こうした海外キャンパスを使って、より国際的な内容になってきています。
――IESEはどういったグローバル戦略をお持ちですか。例えばHBSは、HBSの研究や教材(ケース)などの知的資本をグローバル化することが戦略だとして、キャンパスではなくリサーチの拠点を世界中に作ってきています。
IESEのグローバル戦略は、主要な市場に小さくてもきちんとした存在感を作っていく、というものです。そのために米国、ドイツ、南米にキャンパスを作り、中国では中欧国際工商学院(CEIBS)と提携し、世界中の企業幹部らに学びの経験を提供できるようにしてきました。
その結果、世界各地で事業を展開するグローバル企業が、そこで働く人々にグローバルに働くトレーニングをしたい、と思った時に、複数の国で開催するプログラムを提供できるようになりました。
――日本は、IESEのグローバル戦略の中でどのように位置づけられていますか。
日本は私たちにとって非常に面白い市場です。日本との付き合いは1990年代半ば、最初の日本人MBA学生がIESEに来たところから始まりました。今は、一学年に15~20名の日本人がおり、これだけ日本人学生が多いビジネススクールは世界でもまれです。アジアからの学生は全体の25%で、その中で、中国、インド、日本、東南アジアからそれぞれほぼ同数います。そして、2000年代からは、企業幹部向けプログラムでも日本企業との接点が深まって行きました。
IESEと日本企業は価値観が似ているように感じています。多くの日本企業が、先ほど説明した経営に対する思想を持っています。家族経営の企業も多く、戦略や企業の責任について非常に長期的な視点を持っていますし、当然のように様々なステークホルダーとの関係性を重視しています。
そして、このたび、日本との関係をさらに一歩進めることにしました。それは、企業幹部向けリーダーシップ教育を提供するNPOのISLが、2018年8月に至善館というビジネススクールを開講するのですが、その至善館と提携します。至善館とは、ビジネスとは何のためにあるのか、そのためにどのようなトレーニングがあるべきなのか、というところで想いを共有しています。また母体のISLは日本における企業幹部教育における豊富な経験があり日本のビジネス文化の造形が深い、ということで、連携を決めました。
――至善館や、インドのビジネススクールと共に「22世紀のビジネス教育を考える」というフォーラムを開催し、HBSをはじめ世界中のビジネススクールの学長らと議論すると伺いました。
ビジネス教育の未来を考える試みで、今からこうしたことを考える必要があると感じている人々を集めて、今年6月に至善館とインドのビジネススクールSOILと共に、IESEのキャンパスで行います。核には、様々なステークホルダーを踏まえて経営を考えるということをどうビジネススクールの現場で教え、広げていけるか、という問題意識があります。
――ビジネス教育の未来について、現時点でどのような仮説がありますか。まだ2018年で、22世紀というと、ずいぶん先の気がしてしまいますが。
その通りです。21世紀何をなすか、というだけでも十分に大きなテーマです。でも、超長期的な視点や大望を持つのが大切だと思って開催を決意しました。
現時点で既に明らかなのは、これまで繰り返し言ってきたように、株主だけではなく様々なステークホルダーとの関係を踏まえるのが経営の現実であるということです。そして、あなたが先ほどお話された通り、HBSのニティン・ノーリア学長が他の何名かのHBSの先生たちと提示した「Knowing・Doing・Being」は、引き続きビジネス教育を考える際の重要な枠組みになると思います。どんな知識を提供するのかだけではなく、どんな実践をデザインし、そしてどのようにリーダーとしてのBeingを豊かにしていけるのかを踏まえて教育を考える必要がある。
そして、技術がもたらす意味合いですね。まず、ビジネス教育でも、技術についての理解が不可欠となり、そのためには工学大学院など、技術に強い他の高等教育機関との連携も出てくるでしょう。
何より、技術が重要になるからこそ、どのようにビジネスを「人間らしく」していくか、リーダーであるとは何か、を考えていく必要があります。もっと言えば、「人間である」というのはどういうことか、人としての欲望をどのように優先していくべきなのか、について、ビジネス教育の枠組みにおいてきちんと説明していかなければならないと思っています。こうした思考が、これまでのビジネス教育よりはるかに複雑な新しい教育の枠組みにつながっていくのではないでしょうか。
――ホイカンプ先生はもともと行動意志決定の研究者でいらっしゃいます。どのような研究をこれまでされてきて、その研究は、いまビジネススクールという機関のリーダーとして動くことに、どう役立っていると思いますか。
よい質問ですね。私の研究分野は、ざっくり言うと行動意思決定、神経経済学です。この分野はダニエル・カーネマン、「ナッジ」理論のリチャード・セイラーという二人のノーベル経済学賞受賞者によって、一般的にも広く知られるようになりました。私も、神経経済学の研究者として、基本的には神経学で使われるツールを使って、人間を観察し、人の意思決定についての理解を深め、それがどう脳の構造に関係しているかを見る、ということをやってきました。
こうした研究をやってきたので、よい意思決定にはプロセスが大切であるということ、うまく設計された意思決定プロセスから学ぶことが多くある、ということをとりわけ意識しているように思います。また、意思決定の際には、人には必ずバイアスがあるということも意識していますね。
行動意思決定とは、経済理論と現実で起こっていることの観察の組み合わせです。この分野では、抽象化も大切ですが、現実に根ざすことも重視されます。組織における責任が増えるにつれ、現実に根ざすこと、具体的には、情報を集め、人が何を言って何を言わないかを聞き、なぜそういうことを言うのか、もしくは言わないかを理解することが求められるようになります。そういう意味で、現実に根ざす行動意思決定の研究をしてきたことが、学長という今の立場の役に立っているかもしれません。