AIが万人にとって使いやすくなる「AIの民主化」が渇望されている。そのニーズに応えて、企業や研究機関の活動においてデータ活用を向上させる機械学習自動化プラットフォームの開発・提供を行う急成長ベンチャー、DataRobot(データロボット、社名と製品名が同じ)は、モデル生成のプロセスを自動化し、誰でも簡単に超高精度の予測モデルを活用できることを特徴とする。2012年に米国で設立され、日本を含む世界8カ国でビジネスを展開している。創業者でCEOのジェレミー・アシン氏に設立の経緯から今後の発展の方向性を聞いた(聞き手/DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 特任編集委員・山崎繭加、撮影/嶺竜一)。
データサイエンティストの仕事は
多くが機械に置き換えられる
編集部(以下、色文字):2012年に現在CTO(最高技術責任者)のトム・デ・ゴドイさんとデータロボットを共同創業されます。その頃お二人がトムさんの家の台所で作業している写真を見たのですが、まるでアップルを創業した二人のスティーブのようでした。データロボット創業前のジェレミーさんはどんなことに情熱を持ち、それがどのように起業へとつながったのでしょうか?

データロボット(DataRobot)CEO。
マサチューセッツ大学ローウェル校で数学、物理学、コンピュータサイエンス、統計学を学ぶ。Travelers Insurance社のリサーチおよびモデリングディレクターを経て、2012年に起業。企業経営の合間に今でもデータサイエンスコンペティションのプラットフォームKaggle.comで予測モデルを構築するなどしている。
データロボット(DataRobot)
2012年創業。製品「データロボット」は、先進的なエンタープライズ機械学習プラットフォームで、日本でも大阪ガス、トランスコスモス、パナソニック、三井住友カード、リクルートホールディングスなど多くの企業で採用されている。機械学習プロジェクトの各ワークフローを大幅に自動化することでデータ活用を飛躍的に向上させ、誰でも簡単に超高精度の予測モデル生成を行えるという。
ジェレミー(以下、略):どこまでさかのぼりましょうか。生まれた頃から話せばよいですか(笑)。僕は、高校を中退しています。一年しか持ちませんでした。大学はコンピュータサイエンス、数学、物理、統計を学びましたが、卒業はしていません。授業期間が終了する前に学校に行くのをやめてしまうんですよね。
保険のアクチュアリーとして働き始め、すぐに機械学習に注目するようになりました。当時はまだ、データサイエンティストという言葉はなかったのですが、まさにその仕事をしながら、同時に自分の楽しみのためにKaggleが運営しているデータ解析の競技に出たりして、人生のほとんどが機械学習という日々でした。
なぜ起業したのか。理由は、主に二つあります。一つは個人的なことです。もう一つは純粋に追うべきビジネス上の機会をそこに見たからです。
大きな保険会社で働いていたのですが、徐々にフラストレーションを感じるようになりました。僕は、最高の保険会社に成長させたいと思い、懸命に働きましたが、周囲にはただ会社に来て給料をもらっている人がたくさんいました。勝ちたいと思わない人と働くことが苦痛になっていきました。
その頃、グーグルがどのように経営され、人がそこでどのように働いているかについて書かれたIn the Plex(日本語未訳)という本が出版されました。そこに書かれていることと、自分が働く会社との間には大きな違いがあり、驚きました。
さらに加えて、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグのことを描いた『ソーシャル・ネットワーク』(2010年公開)の映画が衝撃でした。ガールフレンドと観に行ったのですが、見終わった後のディナーの間中、僕は一言も話せなくなっていました。ガールフレンドは「どうしたの?」と何度も聞いていました。それくらい衝撃を受けました。僕は、自分の人生にすっかり失望してしまったのです。
フェイスブックの存在はもちろん知っていましたが、会社の中があんなふうになっていること、経営のこと、ベンチャーキャピタルのこと……僕は全然知らなかった。その後1カ月ぐらい落ち込んで、「これまで自分は人生を無駄にしてきたのか」と問い続けました。
当時まだ31歳でしたが、ザッカーバーグのような人たちは20歳そこそこで起業している。なぜ僕はこういう世界を知らなかったのだろうか。どうして自分でやろうと思わなかったのだろうか。少し早めのミッドライフ・クライシス(中年の危機)に陥ったようなものです。そして、とにかく何かしなくちゃいけない、と決めたのです。
もう一つは、自分がデータサイエンティストとして働いていたからこそ見えてきたビジネス上の機会についてです。2010年あたりから、ビッグデータという言葉で表されるように、社会はどんどんとデータを集めるようになってきました。そして僕は、集めたデータを使って何かやらないといけないというプレッシャーが高まっていくのを感じていました。つまり、データサイエンスの仕事や機械学習の需要は今後爆発的に増えていくだろうと。
一方で、自分のようなデータサイエンティストは、RなりPythonなり何らかのプログラミング言語を使って、長々としたコンピュータプログラムを書き続けることになる。これはとても大変な仕事です。しかも、データサイエンティストになるのは難しく、その需要に供給は絶対に追いつきません。
データの需要が増え続けた未来、そこはたくさんのデータサイエンティストがひたすらコンピュータに向かって働いている世界なのか、それとも違う道があるのか。そして、自分が当時やっていた仕事の多くは機械ができるのではないか、と考えるようになり、それを実現することが僕の仕事ではないか、と思ったんです。
その上でやるべきことを明確化していくと、「これはうまくいくに違いない、起業しかない」と確信して、2012年に起業しました。
共同創業者のトムさんとはすでにお知り合いだったのですか?
トムとは大学で出会い、先ほどお話しした保険会社でも同僚で、データロボットも共同創業しています。いつも一緒です(笑)。一人で起業するのは怖いですが、誰かと一緒なら心強い。とはいえ、僕が先に会社を辞めて2カ月後にトムは会社を辞めました。僕が先陣を切り、「こっちも大丈夫だよ!」と言う必要があったのです(笑)。
保険会社で働いていた時から、データサイエンティストの仕事の多くは機械で置き換えることができると感じられていたのですか?
そうではありません。ただ、会社の部署には50人ぐらい人がいたのに、100個やりたいプロジェクトがあるとすると、そのうちの2~3個しかできていないというのが恒常化していました。すでに、需要と供給のギャップが見えていた、と言えますね。
改めて「データサイエンティスト」とは何か、簡単に説明していただけますか?
スキルの観点からは、3つの分野に精通していることが求められます。数学・統計、プログラミング、そして関連の事業分野への理解です。事業分野については、たとえその業界で働いた経験がなくても、正しく質問し、素早く本質をつかみ、ビジネス上の課題や文脈などが理解できれば十分です。
そしてデータサイエンティストを採用して、実際に会社に利益をもたらすプロジェクトを動かしたいのであれば、「Doer(やる人)」であるかが非常に重要です。実際に物事をやり切れる人かどうか。
アカデミックな世界に長くいた人の中には、ものすごく秀逸なアルゴリズムを作れたとしても、「結局、論文がすべて」という考え方をする人もいます。多くの保険会社が、博士号(Ph.D.)を持つ人をたくさん会社に集めれば、まるで魔法のようにデータサイエンスが実行され機械学習が始まると考えていますが、現実にはひどい失敗の事例が積み重なっています。
したがって、スキルを持っていることに加え、実際にプロジェクトを進められる人、これまでにデータサイエンスを実装して企業の課題を解決した経験がある人を採用しなければいけないということです。
貴社には世界中から優秀なデータサイエンティストが結集しています。なぜですか。
Kaggleをご存知ですか。世界中のデータサイエンティストがデータ解析の最適モデルを競い合うプラットフォームです。そのKaggleが、2012年に世界最高のデータサイエンティスト15人を決めるコンペを開催しました。最終的には13人が勝ち抜き、僕やトムも選ばれました。
さらにその13人のうち2人が、僕らが会社を創業することを知って、データロボットに初期から参画しました。競争したもの同士、実力がわかっていますからね。10万人近くの中から勝ち抜いた13人の中から、僕ら2人と中核となるメンバー2人が集まったということです。
初期から参画した2人のうち1人は、チーフ・データサイエンティストのハビエルで、2011年から3年連続Kaggleで世界第1位を記録しています。こうしたトップクラスのデータサイエンティストと働きたいという人が、世界中からどんどんやってきました。