ケーススタディ(1)
親身になり、相手の視点に興味を持つ

 ベントリー大学学長のグロリア・ラーソンにとって、他者に共感することはほぼ第二の天性だという。「親が空軍に勤務していたので、しょっちゅう転校していました」と彼女は言う。「ですから、全然違うタイプの人たちと知り合い、好きになる必要が常にありました」

 それでも、長いキャリアの間には、彼女の共感力が試されたこともあった。何年も前のこと、グロリアはボストンで弁護士として働きながら、ある委員会の委員長を兼務していた。同委員会は、ウォーターフロント沿いにマサチューセッツ・コンベンション・センターを建設するという、8億ドル規模の建設プロジェクトを管理していた。

 委員会メンバーの1人、ポール(仮名)は、非常に気難しい人だった。グロリアは、彼がマスコミに情報を漏らして、他の委員会メンバーの努力を台無しにしているのではないかと疑っていた。だが、ここで感情的になればポールの思うままだと、グロリアは決意した。「誰かが私の神経を逆なでするとき、私はその人を知って好きになろうと、いっそうの努力をします」

 グロリアは、ポールの動機は何だろうかと思案した。「とはいえ、あまり時間はかけませんでした。勝手な推測をしたくなかったのです」。その代わりに、彼女は親身になろうとした。「彼を飲みに誘いました」

 会話の間中、グロリアはオープンな態度で沈着冷静を保った。彼女の目的は、個人的なレベルでポールと知り合いになることに加え、プロジェクトそのものについて話すことでもあった。彼女はポールに情報を漏らしたと責めたりはしなかった。その代わりに、「このプロジェクトを無事完成させる方法を考え出す」という共通の目標について話した。

 会話を通じて、グロリアはポールがプロジェクトについて何を考えているか、理解を深めた。「委員会の決定が、前任者たちを公に批判することにつながるのではないかと彼は懸念していました」

 ポールの指摘はグロリアには寝耳に水だった。もしかしたら、ポール自身にとってもそうだったのかもしれない。「公の場では前任者たちへの批判を和らげるべきだと、私は気づかされました。そしてポールは、私たちが敵対する必要がないことに気づいたのだと思います。以後、私たちは協力して取り組めるようになりました」

ケーススタディ(2)
相手の背景を知るために特別に努力する

 サンドラ・スレイガーは、企業・大学向けオンライン学習プラットフォーム会社のマインドエッジ(MindEdge)の最高執行責任者(COO)だ。彼女は扱いにくい同僚と一緒に働くときはいつも、その同僚について「最良のシナリオを想定する」よう、自分に言い聞かせると言う。「相手がわざと私のはらわたを煮えくり返らせているわけではないことを忘れないようにします」

 一方で、サンドラは現実的でもある。「一緒に働くために、相手を好きになる必要は必ずしもないと自覚しています」

 数年前、サンドラはルイス(仮名)と一緒に編集プロジェクトに配属された。「彼は極度に緊張していて、ストレスで疲れ切っていました」と、彼女は当時を振り返る。そのストレスの現れとして、「彼は私に当たり散らして、いじめっ子のように振る舞っていました」。

 何とかしなくては、とサンドラは考えた。その一歩は、ルイスへの共感を育むことだった。それが必ずしも親切心からでなかったことは、彼女も認める。「親身になるモチベーションは完全に利他的だったわけではありません。要は、どうすれば彼と一緒に働けるかという、私の問題の解決を図ることでした」

 ルイスのことを知り、「彼の背景のストーリーを理解する」ために、サンドラは特別に努力した。そんな中でルイスは、彼自身の落ち度でないことのために前職を解任されたことをサンドラに打ち明けた。彼女はまた、ルイスの10代の子どもたちが大学入学を控え、教育費がまだまだかかることも知った。

「この仕事が彼にとって非常に重要であり、彼は生計と家族のことを心配していました」と彼女は言う。「これらのことを知って、彼のことや彼のストレスがどこから来ているのかについて、理解が深まりました」

 サンドラはストレスを抱えるルイスに思いやりをもって接するようになった。自分が担当している分について、ルイスが心配せずにいられるよう、サンドラはベストを尽くした。「私たち2人ともがこのプロジェクトの成功を望んでいることを、彼に伝えました。そして私たちが互いの役割を果たすには、互いに信頼し合う必要があることも伝えました」

 やがて、ルイスと一緒に働くことで「気持ちのうえでストレスを感じることはなくなり、純粋に仕事上の実際的な問題に集中できるように」なっていったという。「私たちの仕事のスタイルは違っても、目標は同一線上にありました」

 プロジェクトは成功裏に完了した。以来何年にもわたり、サンドラとルイスはさまざまなプロジェクトに一緒に取り組んできた。「彼はいまでもいろいろなストレスを抱えていますが、私たちは仕事上で良好な関係を保っています」


HBR.ORG原文:How to Develop Empathy for Someone Who Annoys You, April 23, 2018.

■こちらの記事もおすすめします
部下への「思いやり」は「叱責」に勝る
リーダーに不可欠な「自己認識力」を高める3つの視点
職場のイヤな奴から身を守る法

 

レベッカ・ナイト(Rebecca Knight)
ボストンを拠点とするジャーナリストで、ウェズリアン大学講師。『ニューヨーク・タイムズ』紙や『USAトゥデイ』紙、『フィナンシャル・タイムズ』紙にも記事を寄稿している。