組織文化を見つめ直す
組織文化――ある環境内で共有される、一連の前提、価値観、信条、規範の体系――は、医師の働き方や患者の行く末に大きく影響を及ぼす。
医師は次のような環境下にあるとき、治療の質と患者のアウトカムの向上につながる、ポジティブな変化を起こそうという意欲を高めることが多い。医師みずからが創造的な方法で問題解決とプロセス改善を図ることが奨励されている場合、問題やミスについて安心して声を挙げられる場合、そして、上層部からの支援がある場合だ。
一方、文化が貧弱な組織――マネジャーからの支援が乏しい、あるいは職場環境が全般的に恵まれていない、と医師が回答するような組織では、患者のアウトカムも悪い傾向がある。決定的に重要な点として我々が主張したいのは、経済的インセンティブや行動経済学的アプローチを導入しても、リーダーが現場の医師と一丸となり、組織文化を重視するのでなければ、ほとんどの場合は成功しないということである。
組織文化を強化するための取り組みが、より適切な治療の提供につながることは、さまざまな調査により証明されている。
たとえば、10の病院を対象に2年間実施されたある調査では、より多くの人命救助という目的に向け、全階層のスタッフに権限と後押しが与えられたことで、組織文化の改革が実現した。これが、病院全体の患者死亡率の1%減に寄与したという(この数値は、臨床的には大きな改善である)。
また別の調査では、リーダーによる、現場の医師との関係強化、彼らの改善活動への支援、そして非難されない安心な環境の醸成が、院内での治療の質と正の相関関係にあった。
さらに、62件の観察研究を対象に行われたシステマティックレビューの結果によれば、よりよい組織文化と、患者死亡率の低下をはじめとする臨床アウトカムの向上との間には、一貫した関連性が認められている。無作為試験の結果を見なければ正確な結論は得られないが、組織文化の改革と患者のアウトカム向上に成功した病院の事例をよく見ると、明らかなことがある。トップリーダーらが、現場の医療チームの意思決定を尊重し、学びが促進される環境をつくり、問題が起きれば誰もが声を挙げられる心理的安全を醸成することが、最も優れたアウトカムにつながるのだ。
よりよいケアの提供を目指す医療リーダーは、個々の現場の組織文化を検証し、改善の余地を見つけることが不可欠である。これを実際に行うのは容易ではないが、活用できるリソースがいくつかある。たとえば、米国医療の質改善研究所(Institute for Healthcare Improvement)や、過剰医療撲滅アクション(Taking Action on Overuse:不必要かつ価値の低い医療を改善するためのプロジェクト)などが提供するプログラムだ。
もちろん、どんな施策にも、トレードオフ、機会コスト、想定外の事態などが付き物だ。しかし、ボトムアップ型のアプローチ、つまり現場の改善を医師みずからが主導・監視できるよう権限を与えて後押しすることで、そうした問題点を浮き彫りにし、緩和できる。このやり方は、トップダウンによる命令や、ありふれたスローガン、あるいはオンライン研修よりもはるかに優れている。
たとえば、患者の安全に関する取り組みで最も成功した事例の1つを見ると、「経済的インセンティブ」「組織文化の改革」および「現場の医師らの主導による改善活動」を組み合わせている。その結果、中心ライン関連血流感染(代表的な院内感染の一種。致死性があるものの、多くの場合、予防が可能)が大幅に低下している。
経済的インセンティブや行動のナッジは、ともにメリットはあるが、医師の行動改善と治療の質向上を確実に促すには不十分である。組織文化とは、多様で複雑なものだ。しかし、医師の行動原理を理解し、より包括的で長期的なソリューションを生み出すうえで、文化こそがもう1つの重要な着目点なのである。
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Yusuke Tsugawa
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)デイビッド・ゲフィン医科大学院内科学助教授。

John N. Mafi
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)デイビッド・ゲフィン医科大学院内科学助教授。ランド研究所の健康政策担当非常勤職員。UCLAでも一般内科の診療と教育に携わる。