●社内政治、縄張り意識、足並みのズレ(55%の回答者が選択)

 すでに自力でイノベーションを実践していると自負する部署にとっては、会社のいかなる新しい取り組みも、自分たちの領域を脅かし、ともすれば人材や予算を奪っていきかねない厄介事でしかない。なかには、最高イノベーション責任者(CIO)や最高デジタル責任者(CDO)といった「CEOのお気に入り」などは無視すれば退散する、と考えている従業員もいるかもしれない。

「部署の垣根を越えて(イノベーション戦略のような)新しい取り組みを展開しようとすると、自分の陣地に踏み込まれたと不安を感じる従業員がいるものです」と語るのは、米電力大手サザン・カンパニーのエネルギー・イノベーション・センターを率いるマイケル・ブリット上級副社長だ。とりわけ、主力事業が好調の場合によく見られる傾向だと彼は言う。

 社内対立の火種を1から10まで消していくのは現実的ではないにしても、新しい事業や組織が果たすべきミッション、そして、それを社内でいかにして支援していくかについて、経営幹部が明確に説明することが大切だ。

 ●企業文化の問題(45%の回答者が選択)

 大企業の文化は往々にして、オペレーショナル・エクセレンスと安定成長を基盤に成り立っている。そうした組織において、変革が大歓迎されることは、ほぼない。変革によって既存の安定的事業のカニバリゼーション(市場の食い合い)や、現在の流通モデルが覆される可能性があるとすれば、なおさらである。

 また、大企業は象のように記憶力がいい。頼めば古株従業員が喜んで「これまでの(イノベーションの)歴史的な失敗の数々について、詳細に話してくれるでしょう。単に、時期尚早だったのかもしれないのですが」と、米NRGエナジーでイノベーション担当ディレクターを務めるステーシー・バトラーは語る。

 伝統ある企業の文化を変えることは、言うなれば、美術館に所蔵された大理石の像に修復作業を施すようなものだ。誰も喜ばないし、何をしても強い反発を招く。

 だが、共通のプロジェクトを推進するために人々が集まれる新しい場所をつくれば、1つの大きな企業文化の中にサブカルチャーが生まれ、イノベーションに向けた建設的な一歩になるだろう。ほかにも、新たなインセンティブを導入したり、見習ってほしい言動を評価・表彰したり、斬新でより多様な見解を取り込んだり、多様な人材を獲得したりすることも、イノベーションを推し進めるだろう。

 ●将来的事業リスクの予兆に対する反応の鈍さ(42%の回答者が選択)

 アンケートでは、関連する阻害要因として「自社は変化の予兆を敏感にとらえているか」「それらの予兆に適切に対応しているか」という2つの質問を用意した。「変化の予兆を把握しきれていない」と回答したのは、わずか18%にとどまり、大企業が、新規ベンチャーの市場参入や消費者の購買行動の変化といった、将来的リスクの予兆をきちんと把握していることが明白となった。

 ただし問題は、その対応状況である。「前線の偵察隊」が重要なシグナルをつかんだとして、これに対応するために、外部の協力会社やスタートアップ企業とのコラボレーションを検討したり、部門・部署全体を巻き込んだ簡易パイロット・テストを行ったりする体制が社内に整っているだろうか。市場のダイナミクスの変化に気づいていながら、年に一度の社外戦略会議で検討するまで様子見を決め込んで対策を取らない、というのが大方の企業の実態だ。

 ●予算不足(41%の回答者が選択)

 航空宇宙産業やテクノロジー関連の大企業にとって、予算の枠がイノベーションを阻む要因にはならない。これらの業界では、過去数十年をかけて社内に構築した強固な研究開発体制があり、会社を優位に立たせる新規事業のアイデア創出が常に奨励されているからだ。

 しかし一方で、アンケートに回答した企業の約40%はイノベーション関連の予算が500万ドル以下で、そのうち23%は予算が100万ドルにも満たないという結果が出ている(予算には担当部署の従業員の給与およびコストの両方を含むものとして回答してもらった)。これらの企業の大半は、もともと研究開発部門を持たない小売業やホテル・観光業、金融サービス業界の企業である。

 こうしたレベルの予算の場合、小規模なイノベーション推進チームを立ち上げ、コンセプト開発や市場動向調査、イノベーションの方法論に関する従業員研修といった活動を展開しているものの、会社全体に大きなインパクトを与えるまでには至らない。

「100万ドルを切る予算の場合、イノベーションを創出するというより、イノベーション投資の事例をつくることが仕事になるでしょう」と話すのは、昨年まで米アパレルメーカーのナイキでイノベーション促進担当役員を務めたリック・ウォルドンだ。「上級幹部を味方に引き入れ、(いくつか具体的なプロジェクトの事例を見せて)教育するのです。それが、イノベーション戦略により多くのリソースを出してもらうカギとなるでしょう」

 ●適切な戦略やビジョンの欠如(36%の回答者が選択)

 この回答には、さまざまな問題が含まれている。従業員は、自社が期待するイノベーションについて具体的なイメージを持っているだろうか。業務を合理化して、顧客によりよいサービスを提供するための優れたアイデアを探しているのか。それとも、既存の商品で新しいビジネスモデルを構築しようとしているのか。会社が達成しようとしている目標に向けた一貫した戦略や明確なビジョンがなければ、イノベーションは的外れとなり、空回りに終わる。

 興味深いことに、回答者は「CEOの無理解」をイノベーション阻害要因として重要視していないことがわかった。実際、CEOをイノベーション停滞の理由として挙げたのは回答者全体の1割にすぎなかった。この回答をした企業のCEOは、斬新なアイデアを持ったチームの前に立ちはだかる要素を排除することに、消極的な傾向がある。

 では、どうしたらイノベーションは進むのか。

 まずは、なぜイノベーションが必要なのか、その理由を明確にしよう。そして、新しい取り組みに貢献した従業員への表彰や報酬を実現することだ。イノベーションチームと事業部門など他部署との間で日常的にコミュニケーションを図り、部署間の連携も強化したい。イノベーションの進捗状況の把握においては、直接のイノベーションチームのみを対象とするのではなく、実施に当たり協働する部署の状況にも気を配ろう。

 イノベーションの成功要因に関する質問に対し、回答者の半数以上が、「試し、学び、何度でも挑戦する力」と答えている。新しいアイデアを多少粗くてもテストし、その結果を分析して、再挑戦する。あなたの会社は、このプロセスをどれだけうまく回せているだろうか。

 最後に、長期的なコミットメントも必要不可欠である。企業文化は、レストランの「今月のおすすめメニュー」のような一過性のアイデアを好まない(ある回答者は、イノベーションの大敵として「経営トップの散漫な注意力と激しい目移り」と答えている)。

 CEOなどの経営トップは、今後日常的にイノベーションに取り組んでいくと明確に示す必要がある。イノベーションは、唱えた瞬間に願いがかなう魔法の呪文ではないのだから。


HBR.ORG原文: The Biggest Obstacles to Innovation in Large Companies, July 30, 2018.

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スコット・カースナー(Scott Kirsner) 
企業のイノベーション担当幹部向けの情報サービス『イノベーション・リーダー』編集長。長年にわたり、『ボストン・グローブ』紙のビジネス・コラムニストを務めている。