●違う働き方を学ぶ
ロサンゼルスにあるフィナンシャルマネジメント会社を率いるマネージングディレクターのイヴァン・アクセロッド(72歳)は、彼の世代の多くの男性同様、仕事中心の大黒柱として、長年職場での昇進を第一に考えてきた。
だが、孫が生まれたのを契機に、変わろうと決断した。アクセロッドの両親は、彼の子どもたちが物心つく前に他界しており、孫たちに自分の子どもと同じ経験をさせたくないと思ったのだ。「孫たちに、おじいちゃんという存在を知ってほしかったのです」
娘が3ヵ月の出産休暇を終え、職場復帰に向けて保育の段取りに着手した際、2人の祖母たちは、それぞれが週2日、孫の世話を引き受けようと提案した。残りの1日の世話役をアクセロッドが買って出た。
このアイデアの実行に向け、家族や会社のマネジャーたちへの説得が必要だった。「『我が社には有能な人材がたくさんいる。彼らにもっと責任を与えるつもりだ。そうすれば、より早く成長できる。きっとうまくいくよ』と私は主張し、皆しぶしぶながら、承知してくれました。それが2008年のことで、以来、ずっと続けています」
この経験をもとにアクセロッドは、誰もが仕事と私生活両面の時間を確保できる文化の構築に尽力するようになった。それは、柔軟な働き方や在宅勤務を推進し、通勤時間削減のため、従業員の自宅近くにオフィスを構えるといった取り組みにつながった。そして、その取り組みは離職や求人、新人研修に関するコスト削減をもたらし、従業員各位の志気や生産性向上に一役買ったのである。
「誰もが柔軟に働ける構造を設ければ、組織にとってよりよい結果を生むようになります。私は日々、その証拠を目にしている。そのような変化を推進することは、結局は、会社の収益増加につながるのです」と、アクセロッドは言う。
毎週月曜日、アクセロッドは11歳と9歳の孫2人を学校に連れていき、自宅で仕事した後、孫たちを学校に迎えに行き、スイミングのレッスンなどの活動に連れていく。「私は、孫たちの人生において、大きな役割を果たしています。これは、私にとって、とても大きなことであり、孫にとっても素晴らしいことです。私がいなくなった後も、孫は、おじいちゃんの思い出をたくさん持っていられるでしょう」。
●自分のプランを信じ、みずからの希望を主張する
ロールモデルがほとんどおらず、文化的な期待という障害があるなか、アクセロッドのような人はまず、馴染みのない新しい概念について考える必要があった。どのような形で、仕事と私生活を両立させたいか、ということである。そしてそれは、取り組むに値するほど重要であるうえ、試行錯誤を重ねることで長期にわたり持続可能なものだ、と強く信じることが必要だった。
これは、ミシェル・ヒコックスについても言えることだった。
2004年、テキサスの会計士だったヒコックスは、キャリアの分岐点に立っていた。彼女は仕事が好きで、パートナーのポジションに就きたいと望んでいたが、周囲の先輩は、専業主婦を妻に持つ男性や、住み込みのナニーに1日子どもを任せきりの女性であり、働き詰めで、家族と時間を過ごすことがほとんどない人たちだった。「そういう生活は送りたくなかった」とヒコックスは言う。
一番上の娘が5歳になり、保育園を卒園して年3ヵ月の夏休みがある幼稚園生活が始まった。そのためヒコックスは、夏休み期間中の娘の世話をどうするかに加え、彼女自身、仕事や人生から求めているのは何かを深く考える必要があった。
ヒコックスは子どもの頃、教師だった両親とともに家族と過ごす夏休みが大好きだった。だから、彼女は誰も想像し得なかったことを思いついた。パートナーへの道を諦めず、夏休みも取る、というものだ。
ヒコックスは会社との交渉の末、1年の8割の期間を働くというスケジュールで合意し、その後、11年間連続して夏期休暇を取った。その結果、娘の成長を見守ることができたうえ、パートナーへの昇進をも果たしたのである。
「最初に会社に話したときに、うまくいくと自分でも思っていたかどうかは、よく覚えていない」と、現在はテキサス州マッキニーのインディペンデント・バンクでCFOを務めるヒコックスは言う。「でも、求めるものがあるのなら、自分の考えを主張することが大事だと学びました。前例がないのは、誰も思いつかなかっただけなのです」
もちろん、現実は厳しい。他の多くのリーダー同様、ヒコックスも壁にぶち当たった。数年前、仕事は過密で私生活とのバランスは完全に崩れていた。パイオニアリング・リーダーズ・サミットへの出席さえ危ぶまれた。
取材のためにサミットを訪れていた筆者は、そこで本稿のための最初の取材をヒコックスに行った。「私は強い罪悪感に苛まれていた。『なんてこと!パイオニアリング・リーダーズの一員であるはずの自分が、昨年は惨憺たる1年を過ごしてしまった。自分にサミットに出席する資格はない』と思っていた」とヒコックスは語った。「でも、そういうときこそ、サミットが必要なんですよね」
ヒコックス自身が発見し、そして行動科学にも裏づけられているとおり、サミットや定期的な電話会議を通じて、同じ志を持つ仲間と相互サポートのネットワークを保てば、新しい行動様式を維持しやすくなるのだ。
現在51歳のヒコックスは、自分がかつて求めていたロールモデルになっている。柔軟な働き方、リモートワーク、勤務時間の長さよりパフォーマンスを重視する……どれも、彼女の職場では当たり前になっている。
インディペンデント・バンクには有給育児休暇の制度がなかったが、それを知ったヒコックスのCEOへの一言が、制度の導入につながった。「私が来てから、職場の会計チーム、財務チームの文化はガラリと変わりました」と、ヒコックスは言う。「昇進するのに、がむしゃらに働く必要はありません。その代わり、勤務時間内にいかに効果的に仕事をするかを学ぶ必要があります」。
●家族優先のためのプランを立てる
仕事と私生活に対する従来とは異なるアプローチを考えるためには、仕事と私生活のどちらも同じくらい重要だと認識する姿勢が必要だ。
ワシントンD.C.にあるコンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトンのプリンシパル、ウィル・ロウ(59歳)と、妻で小児科医のテリーザは、結婚に際し、同等のパートナーであり続け、家族、信仰、友情、柔軟性を第一に据えるという誓いを立てた。2人とも意義深いキャリアを築くことを望んでいたが、仕事に埋もれてしまうことは避けたいと考えていた。ロウによると、彼の両親はワーカホリックで、ともに時間を過ごすことはめったになく、最終的に離婚してしまった。
ロウと妻のテリーザは、子どもができると、可能な限り家族と一緒に過ごすことを徹底した。ウィルは週4日勤務とし、テリーザは1日おきに週3日働き、隣人が週に1度、2人の子どもの世話をしてくれた。
フレキシブルなスケジュールのおかげで、ロウはコミュニティの活動や宗教活動にも積極的に関わり、また、家族と米国中を旅行するために6ヵ月のサバティカル休暇が欲しい、と上司に頼む勇気を持つこともできた。
子どもが成長し、会社のリーダーシップにおける自身のポジションも高まるなか、ロウは柔軟なスケジュールを保ち続けた。学校に子どもを迎えに行き、子どもが出てくるのを待っている間に電話会議を巧みにこなし、クライアントと家族双方のニーズに合わせて仕事時間を調整した。家庭内での優先事項を頭の中で明確にしたうえで、家族こそ仕事と家庭の両立の鍵を握るという認識のもと、常に家族ととことん話し合い、ともにプランを立てた。
「毎週座ってカレンダーに色づけしました。家族のイベントや活動は緑で記してね。仕事とぶつかった場合は、仕事をキャンセルするか、誰かに頼むか、日を改めるかしていました」とロウ。「人生には仕事より大切なものがあるのです」
我々が日々目にするリーダー、すなわちロールモデルは、何が可能かという概念を我々の中に形づくる。そしていま、我々の中には、オフィスにこもりっきりで過剰な労働に喘いでいる人が少なくない。なぜなら、そのような働き方をするリーダーしか目に入らないからだ。
したがって、意味のある変化を遂げるのに、一部のCEOたちの非人間的ともいえる過密スケジュールを称える記事など、おそらく必要ない。健康や家庭を犠牲にし、その挙句にイノベーションや生産性にも悪影響が及ぶのだから。
代わりに我々は、アクセロッドやヒコックスやロウのような経験について、もっと知るべきだろう。
たとえばゴールドマンサックスの新しいCEOデービッド・ソロモンは、娘と一緒にヨガを習い、長時間労働の改善に取り組み、働きすぎの同僚に電話をして仕事を切り上げるよう説得し、DJのD-ソルとしてパフォーマンスを行い、ダンスミュージックのレコーディングに精を出す。あるいはYouTubeのスーザン・ウォシッキーは、1000億ドル規模の企業を率いつつ、午後6時までには帰宅して子どもと夕食をとる。そのようなリーダーたちのストーリーこそ、もっと語られるべきだろう。
このようなリーダーたちのストーリーを聞く機会が増えれば、仕事と私生活の両方で充実した時間が欲しいとアンケートに答える人が増え、その両方を手に入れることは可能なのだと、誰もが信じるようになるはずだ。
HBR.ORG原文:You Can Be a Great Leader and Also Have a Life, December 18, 2018.
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ジャーナリスト。ベストセラーとなったOverwhelmed(未訳)の著者。シンクタンク新米国研究機構(New America) のベター・ライフ・ラボディレクター。